クナを聞く 第10回
モーツァルト編その4 『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』を聞く

1999/12/5

モーツァルト
セレナーデ第13番『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』K.525
TAH320-322
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
(rec.1940/5/12)

TAHRA/TAH 320-322(輸)3CDs


 このCDが出るまで、まさかクナの『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』が聞けるとは思わなかった。吉田光司氏の『Hans Knappertsbusch Discography』を見ても、このCDが初出だったようだ。
 マトリックス番号は、『EA 58991 à 58916』となっており、このあとに収録されているバッハとは録音方式が異なるようだ。バッハは『e Magnetphonkonzert』となっている。
 音は、その録音年代を考えると、驚異的に聞きやすい。先に取り上げた第39番から第41番までの交響曲の録音がウソみたいだ。演奏の真偽は、第4楽章を聞けば分かるが、こういう演奏をするのは、おそらくクナだけだろう。
 第1楽章から第3楽章まで、EMIのフルトヴェングラー盤と聞き比べてみると分かるが、そこまでは、おおまかなところで、当時の演奏様式を敷衍しているようだ。ところが、クナは何をどう思ったのか、通常の倍のテンポの遅さで、第4楽章を演奏させてしまう。 Kna-parcにご投稿いただいたグラーネさんによると、
『ボスコフスキー率いるカルテットがクナの住むミュンヘンでコンサートを開いた。開演前、彼はボスコフスキーの楽屋を訪ねた。演目の中にアイネ・・・がありクナは、「君、僕のゆっくりしたテンポを知っているだろう?そのテンポでやってくれなかったら笛を吹いてやる。」とポケットから呼び子笛を出してボスコフスキーに見せた。ボスコフスキーは特別ゆったりしたテンポで弾き終わった時客席からクナが舞台へ上がりボスコフスキーに抱きついて喜んだ。というものです。』
とあるので、クナはそのテンポに確信を持っていたのだろう。
 クナのテンポは、晩年にいたるまで、すべての楽曲で遅いわけではない。ところが、こういうとんでもない演奏があるものだから、『クナのテンポは遅い』と言う印象になってしまうのは、仕方がないことか。


第1楽章
 56小節まで、クナ盤では省略がなく、繰りかえされている。
 出だし、クナ盤の方が重く感じられるが、フルトヴェングラー盤と比べると、その実そんなにテンポは変わらない。14小節目からクナの面目躍如である極端なディミュニエントがあり、見得を切るのかと思ったら、割と自然に次の楽句につながってゆく。51小節と52小節の第2音目にアクセントがつく(124、125小節でも同じ)。
 43小節から、46小節までの第1音のバスパートや、繰り返し後の60小節からもバスパートにアクセントが付けられており、独特の味わい。
 総じて、この楽章でのクナのテンポは遅すぎると言うことはない。ただ、通常聞けないような所にアクセントがついたり、バスパートが強調されたりで、フルトヴェングラー盤が横の自然な流れを意識した演奏なら、クナ盤は各フレーズの表情付けが濃厚。
 23小節目の2回目の繰り返しのところで、クナのものらしい咳が聞こえる。


第2楽章
 我々が知っているモーツァルトとは、ほど遠いスケールの大きな演奏。弦4部だけではなく、もっと大規模なら、さぞかし凄い響きになっていただろう(^^)。クナは、『軽やかさ』とか、『羽毛のようなやさしさ』などは頭になかったのだと思う。非常に重い第2楽章である。
 14小節からのため方やバスパートの動き、旋律線の自在なアゴーギグとフレージングで、やさしいと言えば元々の楽想がやさしいのだが、クナの演奏は羽毛のようなやさしさとは異なる。どちらかというと、ものものしい第2楽章。なにも、モーツァルトから、そんなにえぐり出さなくても、と言う気はするが(^^;。
 繰り返し後の8小節の冒頭で、バスパートの誰かが間違って飛び出すが、そんなに違和感はない(^^)。
 31小節からのリタルダンドの凄さ。この楽句はもう一度繰りかえされるが、クナはリタルダンドを繰りかえすことによって、テンポを段々と落とし、出だしと最後では、テンポはより遅くなっている。この、本来軽やかな第2楽章から、独特の風格を感じさせる演奏を引き出している。
 練習番号E(38小節)から、このあたりの曲想はこんなに重かったっけと、スコアをもう一度注視する結果になる。バスパートのクレッシェンドの恫喝的な響きは、凄い。69小節後半から最後まで、ソロヴァイオリンとバスは、何か宗教音楽を聞いているような気になる。

第3楽章
 これもテンポが遅いが、第1楽章から聞き慣れているので、それほど違和感はない。メヌエットは最初2回繰りかえされるが、2回目はピアノで演奏させており、1回目のメロディの影のように聞こえる。
 続くトリオは、クナの演奏の流れでは極めて自然で、個性的な演奏のはずが、こんなもんだで通り過ぎてしまう。

第4楽章
 何回聞いてもやはり遅い。第1楽章から慣れているはずなのだが、それでも冒頭、ものすごく遅く感じる。繰り返しの分を割り引いても、通常の演奏の倍くらいのテンポの遅さではないかと思わせる。それが幸いしてか、ものすごくファンタジー豊かな演奏だ。この遅さは、マイナスではない。
 それに50小節から54小節までの間に、内声部にスコアにも記載はないし、聞いたこともないフレーズが飛び出してきて、思わず『えっ?』となる。これはいったい何なのだろうか?練習番号AからCまで繰りかえされるので、2回同じ箇所が聞けるし、後半もう一度同じ箇所がある。クナ自身によるスコアへの書き込みなのか、他の誰かの書き込みなのか分からないが、効果的と言えば、効果的だ。
 クナの独特の譜読みは、この第4楽章では随所で聞ける。それが低回趣味に陥っていないのはさすがと言うべきか。
 第1主題繰り返し後の12小節から、後年のクナを彷彿とさせるようなクレッシェンドが聞けるのは嬉しい(これは67小節からでも同じ)。それほど長くない楽句なので、あっという間に終わってしまうが、深いクレッシェンドだ。練習番号Aからのゆったりした中での、各声部のフレージングはなるほど、クナだ。30小節からのリタルダンドも、愛らしいと言うより何やらものもしい。127小節からやコーダに入ってからの145小節のリタルダンドなど、これはクナしかできない演奏だろうなと思う。
 さらに、テンポは遅いのだが(最初と最後とでは、ものすごく緩やかにアッチェランドをかけているように、テンポは少し速くなっているが)、各楽器のアクセントが明確で、大時代的な演奏のはずなのに、今聞いても新鮮だ。むしろ、同じような『匿名性の演奏』が増えている現代では貴重な録音だ。


 クナの『アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク』は、どなたか評論家の方が別のクナの録音で(チャイコフスキー『くるみ割り人形』だったと記憶している)『牛刀をもって鶏頭を切る』と評されたことがあったが、まさにその通りの演奏。
 クナは、この曲が好きだったのだと思う。そうでないと、ここまで微に入り、細に入った、クナならではのアクセントとアゴーギグが聞ける演奏はしないだろう。
 これは、クナファンにとって、交響曲の演奏では残念ながら聞くことができなかった、クナのモーツァルト演奏の特徴ある演奏記録として、是非盤と言えると思う。

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