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前回の交響詩「前奏曲」で、リストは不遇のうちにその生涯を終えたと書いたが、それは作曲面の話で、実際の生活はやっぱり華々しかったそうだ。亡くなる直前までコンサートを行い、女性関係も僧籍にあったわりには盛んであったそうだ。 「マゼッパ」はリストの第6番の交響詩で、ヴィクトル・ユーゴーの長編詩を元に作曲されている。マゼッパというのは人の名前だ。元ポーランドの国王の小姓であったマゼッパは、さる貴族の婦人とねんごろになり、それが恋敵にばれ、馬にくくりつけられて追放される。ウクライナに到着したマゼッパはコサックに受け入れられ、徐々に頭角を現し、ウクライナ解放闘争の英雄になる。 リストは非常な迫力でもって交響詩「マゼッパ」を作曲した。そのコサックのテーマは重々しく、迫力に富んでいる。コサックの戦闘歌を第1主題にしたような音楽は、その迫力ともども、なかなか凄い。民族主義的音楽を先取りしたような音楽だ。と言っても、小生は「マゼッパ」のそれほど熱心な聞き手とは言いにくく、CDもクナ盤を除くとカラヤン盤しか持っていないし、スコアは残念ながら持っていない。 クナ盤は同一の演奏録音が2種類のレーベル、ARCHIPHONとPREISERから出ている。PREISER盤は高域はしっかりしているが、低域が全くもの足りずかなり貧弱な印象だ。ARCHOPHON盤は低域がしっかりしており、かなりコシがある。少しステレオプレゼンスがあり、ヴァイオリン音も、プルトは少な目に聞こえるが艶やかだ。1933年の録音のため、オーケストラの響きは最近の録音のようにゴージャスではないが、比較的聞き易い。ここではARCHIPHON盤をリファレンスにして聞いた。
まず楽曲の把握のためにカラヤン盤を聞いてみた。いやはや、これは凄い物量を感じる演奏だ。その響きの質はさすがに高く、聞き惚れてしまった。
クナ盤は録音年代もあり、その響きは大時代的だ。カラヤン盤に比べて、よりその導入部では悲劇味が増している。重厚なテーマは砂嵐のようにノイズまみれの音で、2回目の繰り返しから各フレーズの真ん中が膨らむように演奏される。そして、テンポはかなり落としている。導入部の激しい部分から、ほっとする描写に変わるが、ここでのクナはテンポをより遅く設定し、ゆったりと演奏させる。不安な気分にさせる弦楽器は、さすがクナならではの微に入った動きだ。この交響詩全体を森にたとえるなら、木の部分をしっかりとした表情で描いてゆく。その後のテーマが繰りかえされる響きは、カラヤンのゴージャスな響きを聞いてしまうと歴史的録音のため音が貧弱なのは否めないが、木訥とした大根役者の演技を彷彿とさせる響きだ。音楽が深く沈み込むところでは、さすがクナだけあって、その沈鬱な表情は素晴らしい。テンポも極めて遅い。底なしの深みにはまりこみそうな暗い響きだ。場面転換のトランペットの音はエッジがしっかりしている。その後の民族音楽的な盛り上がりは、恐ろしくゆっくりしたテンポで、深いリズムで演奏される。ここは、もっと軽やかさが欲しいが、クナは沈鬱な音楽のバリエーションとして「木の部分」に演奏の主眼を置いているようで、その細部の表現にはクナファンなら嬉しくなってしまう。舞踏的な音楽はかなり不必要な重さを感じさせ、カラヤン盤のようには盛り上がらない。そのため、最後のファンファーレから終結部まで引きずるようで、そのテンポに飲み込まれて弦楽器がどこかへ行ってしまうような箇所もある。これは生のコンサートで聞いたら、もの凄い迫力の演奏だったと思うが(CDはスタジオ録音だが)、SPからの板起こしでは残念ながらその迫力は獲得できていない。 |
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クナのヴェルディは「アイーダ」大行進曲が残っているだけだ。クナの演奏会記録では「オテロ」が1939年に残っている。クナはヴェルディの「レクイエム」を散々振っていたらしいが、その他の演奏会記録は残念ながら残っていない。録音で聞けるものが「アイーダ」大行進曲だけとは少し寂しいが、それは仕方ないことか。 小生の中学生時代、音楽の時間に音楽室のステレオで「アイーダ」大行進曲を聴かせてもらったのが最初だ。クラシックなんてまるで聞かない奴でも、この「アイーダ」大行進曲は人気があった。以来、「アイーダ」は全曲を含めて結構聞いていたり、映像で見たりしているが、誰の演奏を聞いてきたのかと考えると、LP時代はトスカニーニ、アバド、ムーティ、カラヤンのものをよく聞いた。棚を探すと今はアバド盤しかCDを持っていなかった。小生はヴェルディのオペラは好きだが、CDではそれほど熱心な聞き手とは言えないと思う。むしろ、実際の舞台を見たり、映像を見る方が好きだ。 「アイーダ」大行進曲の管弦楽曲版は、第2幕第2場の「テーベ市の城門のひとつ」で演奏される合唱「栄光をエジプトに、聖なる国土を」、凱旋行進曲、「来たれ報復の戦死よ」などから編曲され、オーケストラピースになっている。第2幕第2場は「アイーダ」のスペクタクルなひとつの見せ場で、昔は本物の馬やラクダを登場させた演出まであったそうだ。小生もいろいろと見たが、だたゾロゾロと群衆が舞台下手から上手に歩いてゆくだけのものや、舞台奥から正面に向かってファッションショーのように出てくるもの、張りぼての神像がこれでもかと出てくるものなどがあったように記憶している。 クナの「アイーダ」大行進曲は、1940年夏の録音が3種類のレーベルから出ているが、PREISER盤がバランスがよく、最も安心して聞ける。オーケストラの音もかなりの厚みをもって響く。GRAMMOFONO2000盤はステレオプレゼンスがあり、音場が左右に拡がる。これだけ聞いていれば何の文句もないのだが、他の2種を聞いてしまうと音が少しこもり気味で聞き難い。これは低域の充分出るステレオスピーカーで聞くといいのかも知れない。新星堂盤はかなり良心的に復刻されているとは思うが、音像ははっきりクッキリしているものの、高域がウルトラハイ上がりで、トランペットがヒステリックに響く。小生のシステムでは聞くのがかなりつらかった。トランペットの音は今のCDでも聞けないくらいのリアリティがあるが(^^;。 この4分少々しか収録されていないクナの「アイーダ」大行進曲だが、小生この演奏がかなり好きだ(^^)。実際のオペラ全曲では、楽曲を切り刻んでこれほど楽曲がまとまっているわけではないため、オペラ好きの方には拒否反応があるかも知れない。小生も多くの「アイーダ」大行進曲を聞いてきたが、これだけしっかりとトランペットが鳴り、メロディラインをクッキリと際だたせた演奏も希だと思う。しかも、勢いだけではなくしっかりと低域から支えるという音楽作りはヴェルディでは珍しいだけに好感が持てる。管弦楽の響きは幾分ワーグナーのようだが、元々ドイツ系の音楽が好きな小生には違和感はない。クナのレパートリーとしては珍しい楽曲だが、なかなか面白かった。 「アイーダ」の管弦楽曲で何か他のCDがないかと思ったら、カラヤンが1975年9月にスタジオ収録した「ヴェルディ;序曲&間奏曲集」のCDと、同じカラヤンの1970年に収録されたバレー音楽が見つかった(両方ともDG)。これには大行進曲は収録されていないが、1975年録音の前奏曲には、その精妙で美しい音楽に聴き惚れてしまった。やっぱりカラヤンだなぁ、と変なところで感心してしまった。 |