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「ニーベルングの歌」は、ようやく終幕の「神々の黄昏」を迎える。
ワーグナーは、「ジークフリート」の作曲を中断、「トリスタンとイゾルデ」、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を作曲したが、その頃からショーペンハウアーの哲学や、ショーペンハウアーに影響を受けてインド仏教に大きな関心を寄せた。ショーペンハウアーに関しては、それ以前の自作をショーペンハウアーの哲学から演繹し、その成果に満足していたのだそうだ。
ワーグナーの作品は徹底してキリスト教的だが、そのキリスト教の成立をユダヤ教と分離して考えたかったらしく、仏教の後継としてのキリスト教の成立を夢見たこともあるのだそうだ。反ユダヤ人主義者のワーグナーにとって、キリスト教がユダヤ人の手によって成立した、と言うことに我慢がならなかったらしい(ワーグナーのユダヤ人嫌いに関しては、当時のヨーロッパに生きていた人たちとユダヤ人の関係への考察が重要だ。ワーグナー=反ユダヤ人主義者=ナチという図式は簡単だが、あまりに短絡的にすぎるだろう。ヨアヒム・ケーラー著橘正樹訳「ワーグナーのヒトラー」(三交社刊)は、ヒトラーが、反ユダヤ主義の過激な言説を残したワーグナーの著作に絡め取られてゆく過程や、ナチス・ドキュメントの解釈とワーグナーの関わりとして、実に面白かった)。
1949年のドレスデン革命当時、ワーグナーは歌劇「ナザレのイエス」を構想し、バクーニンから「それだけはやめてくれ」と言われたが、仏教を知ってからのワーグナーは仏教の説話ドラマ「勝利者たち」を構想する。結局「勝利者たち」を作曲するには至らなかったが(構想はかなりのところまで進んでいた)、「パルジファル」というキリスト教的色彩の強い作品で、その構想の多くは取り入れられている。「ナザレのイエス」と「勝利者たち」の構想は、ワーグナーと宗教は密接に結びついていた証しのようなものだろう。
最後の「ブリュンヒルデの自己犠牲」のセリフは、ショーペンハウアー的とかフォイエルバッハ的と言われるように何回も書き換えられたが、初期の手稿では、仏教の影響が非常に強かったのだそうだ。「入滅してニルヴァーナの境地に至る」気分が濃厚に書かれていた。
ただ、我々日本人が誤解してはならないのは、ワーグナーの理解した仏教世界は、日本人の仏教の理解の仕方ではなく、ヨーロッパ諸言語に訳された経文を説話物語として読んでいたと言うことだ(加えるならば、純粋な仏教の説話だけではなく、バラモン教やその他の宗教の出典も混じっていたらしい)。
日本の場合、インドから中国を経て朝鮮から仏教は渡来し、お経はありがたく唱えるものではあっても、必ずしもその説話物語を読んで理解するというものではなかった。日本人の多くは、何が書いてあるのか分からないまま、お経を唱えてきた側面が強い。ワーグナーが仏教に傾倒した時期があった、といっても、日本人の仏教理解とは大きな開きがあった。
また、仏教の僧侶がいたわけではない19世紀ヨーロッパ(いたかも知れないが、いたとしてもごくわずかだろう)では、教養的に仏教の訳が読まれていたと言ってもいいと思う。この辺りのことに関しては、カール・スネソン著吉水千鶴子訳「ワーグナーとインドの精神世界」(法政大学出版局)に、詳しく書かれている。
ワーグナーは非常な読書家だった。その洪水のような読書量の中から、さまざまな作品の構想を得、またかつ19世紀の教養人の典型のひとりとして、生と死、愛の意味を考えた。その教養は凄いものがある。21世紀に生きる我々は、確かに文明の利器は発達したが、個々人の哲学は衰退の一途をたどっているとしか思えない。ワーグナーは、徹頭徹尾、歌劇人だったが、その裏には豊かな哲学が息づいている。ワーグナーの楽劇を理解するのは、小生自分自身があまりに卑小な存在に思えてしまって、ワーグナーに畏敬の念を感じる。
なお、1956年盤はGOLDEN MELODRAM盤をリファレンスにして聞いてきたが、思い直して他のセットもモニターし直してみた。その中で、現在、最も好ましいと思われるのは、MUSIC & ARTS/CD-4009だった。GOLDEN MELODRAM盤よりも、多少音圧が高めのようである。FレンジもGOLDEN MELODRAM盤の音を改善したような感じだ。
さらにキング盤を聞いてみたが、確かに高域はほとんどなく、たまに変なノイズが入るものの、低域が豊かで、なかなか凄いクナ体験をさせてくれるCDだった。
MUSIC&ARTSの旧盤は、キング盤に比べてホワイトノイズは被っているが、その分高域が素直で、非常に聞きやすかった。「神々の黄昏」(「ラインの黄金」以外、厳密な音質評価は行っていない)では、その迫力は素晴らしいものがある。
「ラインの黄金」から「神々の黄昏」にかけて、キング盤やMUSIC&ARTS旧盤はその質が変わっているようだ。「ワルキューレ」や「ジークフリート」でも、聞き直しの必要を感じている。
と言って、無理に入手しにくいキング盤やMUSIC&ARTS旧盤を探してきて大枚をはたく必要はない(GOLDEN MELODRAM盤のおかげで、中古市場の値段は下がっているか^^;)。それぞれのセットの楽しみがあるからで、基本的にはMUSIC & ARTS/CD-4009か、GOLDEN MELODRAM盤で充分だと感じる。
序幕
エルダの娘たち、3人のノルンが過去を回想し、未来を予測しようとしている場面から幕を開ける。短い前奏がある。クナ1956年盤のテンポは中庸というか、少し早めに聞こえる。
「ラインの黄金」から続いていることだが、やはりこの「神々の黄昏」の録音も管弦楽は少し遠目だ。ただ、それによってスケール感が殺がれると言うことはない。
管弦楽が遠目の録音のため、第1のノルンが歌い出すと、その音像の大きさに驚くことになる。第3のノルンをヴァルナイが歌っている。大体、どの「神々の黄昏」を聞いても、第3のノルンが一番立派だが、1956年盤もご多分に漏れない。圧倒的にヴァルナイの声は存在感がある。
シェロー&ブーレーズのバイロイトでの映像と、シェンク&レヴァインのメトの映像も見てみた。ノルンたちは、圧倒的にシェロー&ブーレーズ盤が大人の表現で素晴らしく、シェンク&レヴァイン盤は映画「エイリアン」で、エイリアンの巣に絡め取られた犠牲者たちのようだった。
3人のノルンたちは、運命の縄をあちこちにかけながらもつれないように、さまざまな登場人物たちの運命を思い出しては物語ってゆくが、結局はヴォータンが世界樹トネリコの木から槍を作り(その代わり、ヴォータンは片目を失う)、世界を支配しようとしたことからトネリコの木が枯れ始め、世界の支配者たる神々の世界の没落が始まったことが語られてゆく。
そして、ローゲの哀れな運命が語られ、アルベリヒの身の上話が始まると、縄はいきなりもつれはじめ、結局は切れてしまう。ノルンたちは、永遠の叡智が終わり、知の女神(エルダ)が世界について語れなくなったことを嘆き、母であるエルダの元に去ってゆく。「神秘的な力」の終焉である。
夜明けの音楽。
ジークフリートとブリュンヒルデの棲む岩山に、徐々に朝日が昇り始める。以後の二人の運命を暗示するかのような不安げな音楽が、ホルンの勇壮な音楽から、徐々に明るさと輝きを持ち始める。「ブリュンヒルデの愛の動機」が徐々に高まり、「ジークフリートの動機」で音楽は力強くなり、ブリュンヒルデが"Zu neuen Taten,teu'rer Helde,(新たな武勲へ向かう、大事な勇士よ)"と歌い始める。
ヴァルナイは第3のノルンから早変わりしたのか、ブリュンヒルデを堂々と歌って行く。実に柔らかな歌声で、母の愛のような慈愛を持ったブリュンヒルデだ。
ジークフリートが"Mehr gabst du Wunderfrau,als ich zu wahren weiß.(奇蹟の女よ、お前は余計に与えてくれた、おれが保っているよりも。)"から応唱を始める。ヴィントガッセンはやはりここでも走り気味だ。ただ、優れた英知を持ったブリュンヒルデと、まだまだ青臭いジークフリートの対比と言うことでは見事だ。ジークフリートは自分の知性への弱点を自覚している。"Brünnhilde brennt dann ewig heilig dir in der Brust!(そうであれば、ブリュンヒルデは永遠に、神々しく、あなたの胸うちで燃えるでしょう!)"の管弦楽とヴァルナイの見事なこと!
二人のやりとりはしばらく続くが、「ジークフリートのラインへの旅」の音楽が、ブリュンヒルデの"O!heilige Götter!Hehre Geschlechter!(ああ!気高い神々よ!貴い一族よ!)"から響き始める。ブリュンヒルデとジークフリートの、ボリュームのある二重唱で見事に盛り上がり、場面転換の音楽としての「ジークフリートのラインへの旅」が始まる。ここで、ブリュンヒルデが喜びを持ってジークフリートを送り出すのかと思えるが、シェローの演出ではひとり残されたブリュンヒルデの孤独感が強く印象づけられる演出がなされており、勇壮な音楽とうらはらに実に見事な場面を見ることができた。
クナの管弦楽は、テンポは適切で力強く、感興豊かに「ラインへの旅」の音楽を奏でてゆく。弦楽器の刻み方がしっかりとしており少し重さを感じさせるが、オペラの流れとしては納得させられる。それでいてスケールが大きい。管弦楽曲盤にはない豊かな「ジークフリートのラインへの旅」を聞くことができる。オーケストラのアンサンブルが少し荒いが、「神々の黄昏」全体の中では、まったく気にならない。シンバルが何回もうち鳴らされるが、これが波頭を蹴散らしながら進んでゆく、ジークフリートの小舟だ、ということを実によく分からせてくれる。しかもなお、クナの音楽は高貴さがそこはかとなく漂う。渦を巻くような演奏だが、これで音がもう少し管弦楽寄りに明快だったら、と多少は悔やまれる。舞台転換のスタッフの怒鳴り声が聞こえたり、大道具を移動させる音が生々しい。
第1幕
ライン河に面した豪壮なギービヒ家の屋敷を思わせる音楽に乗って、まず、グンターが"Nun Hör,Hagen saga mir ,Held(さて、ハーゲン、勇士よ、言ってくれ)"と歌いだし、「神々の黄昏」第1幕は幕を開ける。
グンターのヘルマン・ウーデは、真面目なグンターを好演し、くせ者ヨーゼフ・グラインドルがハーゲンを適切に表現してゆく。グンター、グートルーネの兄妹とハーゲンは異父兄弟で、グンターが嫡子としてギービヒ家の跡を継いでいる。ハーゲンはアリベリヒがグリームヒルトに愛のないまま産ませた子だ。ハーゲンは、異父兄グンターの軍師、アドヴァイザー的役割で、グンターに仕えている。その性格の違いは、グンターの"Deinem Rat nur red'ich Lob,frag'ich dich nach meinem Ruhm.(お前の献策にはただ嘆賞するばかりだ、わしの名声についてお前に尋ねたのだが)"と、ハーゲンの"So schelt'ich den Rat(その献策とやらにわしは満足ではない)"のセリフ回しや声質の違いからも明らかになっている。グンターとハーゲンの役柄の違いが際立っている。グラインドルは実にうまい。ハーゲンの出生からのねじ曲がった根性と、今はまだ裏に隠れた邪悪な目的を強く印象づける。
ギービヒ一族は繁栄しているが、まだグンターとグートルーネは結婚していない。ハーゲンは、そこを針でつつくようにグンターを刺激する。グンターは自分たちに見合うような結婚相手はいるのか?とハーゲンに問いかけると、ハーゲンはグンターにはブリュンヒルデの美しさを、グートルーネには無双の勇士としてジークフリートの名前を挙げる。
しかし、グンターにはブリュンヒルデは手に入らない、というハーゲンの思わせぶりな言葉にグンターはいらだつ。ブリュンヒルデの眠る岩山を覆う炎を越えられるのは、ジークフリートだけだ。しかも、アルベリヒの指環を手に入れたジークフリートは、世界を支配する力も同時に手に入れている。グンターは、その指環の重要性にはまだ気がついていない。グートルーネは、ファーフナーを倒した英雄ジークフリートに激しい憧れを持つ。
ハーゲンは、「忘れ薬」をジークフリートに飲ませ、ブリュンヒルデのことを忘れさせ、ジークフリートにブリュンヒルデを連れてこさせよう、と陰謀を持ちかける。グンターは、手もなくハーゲンの陰謀に賛同する。
ハーゲンの語る箇所は、管弦楽も低く落ち込むようにして始まる場合が多いが、グラインドルは見事にハーゲンの暗さを歌にしてゆく。ジークフリートが指環を得た、と言う場面での"Knecht sind die Nibelungen ihm.(ニーベルンゲンも彼の下僕になった) "の恨みのこもった暗さ。
グートルーネのブロウェンステインは好演である。勝ち気だが恥じらいのあるグートルーネをしっかりと演じてゆく。その声は軽めだが、グートルーネによく合っている。グートルーネの気品があって美しいが、世間知らずのお嬢様育ちと言う設定がよく出ている。
ジークフリートは探すまでもない。すでにギービヒ家のすぐ近くまで来ている。ジークフリートは角笛を吹きながら、川の流れを逆行してくる。ギービヒ家のグンターはその勇名がライン河流域にとどろいており、その噂を聞いたジークフリートは決闘するか友人になるか、グンターに会いにやってきているのだ。ハーゲンは、河を逆行してくるジークフリートの腕力に驚くが、獲物が自らやってきたと、ジークフリートを迎え入れる。グラインドルの"引き延ばされた"Heil!"の迫力のあること!
グンターとハーゲンは、ジークフリートを歓待する。ジークフリートは、"nun ficht mit mir,oder sei mein Freund!(早速、おれと手合わせはどうだ、それとも朋友になるか!)"とグンターに問いかけるが、グンターは剣戟などやめよう、友になることを選ぶ、と語る。ジークフリートはグラーネをハーゲンに託す。ハーゲンの背後での管弦楽は、どこか暗鬱だ。以後のジークフリートの背後での管弦楽は、穏やかで平和なものになる。
グンターは臣下の礼をとるが、これは儀礼である。ジークフリートは、自分の身の他、一降りの剣しか持っていないが、この剣を誓いのよすがに差しだそう、と応答する。
ハーゲンは興味本位のようにして、ファーフナーの財宝についてジークフリートに尋ねる。ジークフリートはファーフナーの洞窟から持ってきた隠れ頭巾の使い方を知らない。ハーゲンは隠れ頭巾の効用を教える。さらに、指環のことと、それをブリュンヒルデが守っていることを聞き出し、ハーゲンは自分の陰謀が成功する確信を持つ。"Brünhild!(ブリュンヒルト!)"とつぶやくグラインドルの巧さ!高辻知義氏の注によると、最後の"e"を省くことで、ハーゲンのブリュンヒルデへの軽蔑を現しているのだそうだ。グンターはジークフリートに対し、鷹揚に何も差し出さなくても言いと語る。
そこへ、美しい声音でグートルーネが飲み物を差し出す。ジークフリートはグートルーネの美しさに驚くが、ブリュンヒルデへの愛をつぶやき、差し出された飲み物をゆっくりと飲み干してしまう。その飲み物は、ハーゲンの仕組んだ「忘れ薬」だった。
いきなり、全ての記憶を失ってしまったジークフリートは、目の前のグートルーネに、激しく恋慕の情を感じる。ジークフリートは、グートルーネと契りたいとグンターに申し出る。ハーゲンの暗鬱なたくらみの音楽と、ジークフリートの恋情の音楽が交錯し、複雑な心理描写を奏でてゆく。
記憶を失ってしまったジークフリートはグンターに「妻はいるのか?」と問いかける。グンターは岩山に眠るブリュンヒルデが意中の人だと、ジークフリートに告げる。しかし、炎が彼女の周りを囲んでおり、自分には彼女の元に行くことができない。それを聞くと、「おれは炎なんて怖くない」おれが変わりにブリュンヒルデのところに行き、グンターの元に連れてこよう、グートルーネを嫁にくれ、とジークフリートは申し出る。グンターの企みの不安定な音楽が、ジークフリートの無邪気で勇壮な音楽に飲み込まれてゆく。グンターとジークフリートは、血の義兄弟の契りを結ぶ。ふたりの、義兄弟になって酔う音楽の背後での管弦楽の運命的な盛り上がりは、不安を煽りながら進行する。
ジークフリートはいぶかしげに、なぜハーゲンが血の盟約に加わらなかったのか?と尋ねる。ハーゲンは、自分の血はそれほど高貴ではない、と自分の出生を恥ずかのように暗く沈み込む。
ジークフリートは、早速ブリュンヒルデを連れにゆこうとグンターを誘い、船で出かけていってしまう。残されたグートルーネのジーフリーへの恋情が美しい。クナの管弦楽も夢見るようだ。
ところが、突き刺すような管弦楽でその夢のようなグートルーネの恋情は裁ち切られる。ハーゲンの"Hier sitz'ich zur Wachat(ここに腰掛けて見張りを努め)"から、ハーゲンの暗い陰謀の独白が始まる。自分はもうすぐ指環を手にし、自分を卑しい生まれだと思っている奴は、全て自分に仕えるのだ、と本音を明かす。
ブリュンヒルデのいる岩山への場面転換の音楽は実に暗く、これからの物語の運命を暗示する。クナの音楽のメリハリは見事で、聞き手は否応なくドラマの暗い側面に引きずり込まれる。
ブリュンヒルデが孤独にジークフリートを待つ岩山。ブリュンヒルデの寂しさを表現する管弦楽が素晴らしい。それでも、ジークフリートの愛を信じているブリュンヒルデは、ジークフリートにもらった指環を、愛おしげに魅入っている。ブリュンヒルデの岩山に黒雲が近づき、ブリュンヒルデにとって懐かしい、ワルキューレの動機がとぎれとぎれに鳴り、空中をかける馬の物音が聞こえてくる。
ブリュンヒルデの元に、ヴァルトラウテが息せき切って尋ねてきて、ヴァルハルの出来事とヴォータンの近況を話す。ヴォータンは世界樹トネリコを伐り、それを薪にしてヴァルハルの周りにうずたかく積ませた。フライアの林檎にも手を出さず、じっと自分の破滅を待っている。それを救うことができるのはブリュンヒルデだけだと語る。ヴォータンは以前のヴォータンではなく、もはや戦を仕掛けることもなく、黙って座っているだけだ。ヴァルトラウテがヴォータンに問いただすと、ヴォータンが夢うつつの様子でつぶやいた言葉は、ブリュンヒルデを思い出しての「ラインの水底の乙女たちに、彼女が指環を返してくれたら、呪いの重荷から、この神と世界は救われるだろうに!」だった。
ヴァルトラウテの物語は非常に長いが、徐々に沈み込んでゆく管弦楽が、見事にヴォータンの落胆と没落ぶりを描いてゆく。"da brach sich sein Bkick-er gedachte,Brünnhilde,dein!(すると、その眼差しが和らいだ。−父は、ブリュンヒルデ、あなたを思いだしていたの!)"のはかなげな優しい感情、そして、ブリュンヒルデへの願いが、悲しく奏でられる。暗澹としたブリュンヒルデは、「あなたが何を言っているのか分からない。どうしろと言うの?」と問いかけると、ヴァルトラウテは、指環をラインに投げ捨てるように言う。ジークフリートの残してくれた形見を捨てることなど思いも寄らないブリュンヒルデは、激しく抗弁する。ブリュンヒルデは、自分にとってその指環がいかに価値のある愛の証であるかとヴァルトラウテに語り、「ヴァルハルに帰れ!」と突き放す。たとえ、ヴァルハルが瓦礫となって崩れ落ちようとも、ジークフリートの愛の証を手放しはしないと、宣言する。ヴァルトラウテは恨みを残して、ブリュンヒルデの元から去ってゆく。
ここで、リファレンスにしているGOLDEN MELODRAM盤とMUSIC & ARTSの廉価盤ライナーノートを見て戸惑ってしまった。ヴァルトラウテの歌手が誰なのか、クレジットがないのだ(^^;。ここでのヴァルトラウテは非常に重要な役柄なので、クレジットがないのはどうしたものかと思って、日本のキング盤のライナーノートを見てみると、ヴァルトラウテは第1のノルンと同じ、ジーン・マデイラとなっている。1956年「ワルキューレ」でヴァルトラウテはエリーザベト・シャーテルが歌っていたので、変更になったのだろうか?ヴァルナイも、第3のノルンを歌う歌手が不調で、急遽第3のノルンを歌うことになったのだそうだが。
ヴァルトラウテが去っていくと、夕闇が辺りを覆う。そして、音楽が期待に充ちてゆきブリュンヒルデの岩山をめざして、火炎が昇ってくる。ブリュンヒルデはジークフリートが帰ってきた、と喜び迎えようとする。その喜びの音楽が一転し、"Verrat!(裏切りだ!)"の緊迫した音楽に変わる。ジークフリートが隠れ頭巾を使って、グンターの姿でやってきたのだ。グンターに化けたジークフリートは、ブリュンヒルデを妻に所望する、ついて来い!力づくでも連れてゆく!、とブリュンヒルデに迫る。
ブリュンヒルデの絶望は深い。この深く沈み込むブリュンヒルデの絶望の辺り、管弦楽は少し不調か。"Wotan!Ergrimmter.grausammer Gott!(ヴォータン!憤怒した、残酷な神!)"からブリュンヒルデの怒りは頂点に達しはじめ、ブリュンヒルデの悲鳴と残酷な管弦楽の渦を巻く迫力が凄まじい。
ブリュンヒルデは、指環が私を守ってくれる!と一縷の望みをつなぎ、ジークフリートを「盗賊!」と罵るが、指環の重要性を分かっていないジークフリートは、それをグンターにやってしまえ!とブリュンヒルデの指から指環を引き抜いてしまう。絶望の淵に追い込まれたブリュンヒルデの背後の管弦楽と、ジークフリートの"Nun,Notung,zeuge du,daßich Züchten warb!(さぁ、ノートゥングよ、証人になれ。おれの求婚者には、作法に悖る点のなかったことの!)"の管弦楽の凄まじさ。音があまり良くないのが残念だが、クナは間然とすることなく、ドラマを追い込んでゆく。
夜になったため、ジークフリートはブリュンヒルデを岩室に追い立て、そこで一夜を過ごす。ここで、グンターに化けたジークフリートはブリュンヒルデを犯したのかどうかが問題になるが、物語の常識の範囲としては、ジークフリートはグートルーネに貞節を守ったと考える方が自然だろう。
ブリュンヒルデの絶望で、第1幕は幕となる。
第2幕
夜、陰鬱で夢幻的な音楽が鳴る中、眠っているハーゲンの側に父アルベリヒがうずくまっている。アルベリヒはハーゲンに呼びかけている。ハーゲンは横になったまま、アルベリヒに対応している。ハーゲンは、愛のない中で自分を母に産ませた父アルベリヒを愛してはいない。アルベリヒは、愛を見捨てた者なのだ。
アルベリヒは、没落して力を亡くしてしまったヴォータンと神々について語り、神々の永遠の力を引き継ぐのは、おれとお前だ!とハーゲンに持ちかける。ジークフリートには指環の持つ力が分かっていない。それを躊躇せず奪え!とアルベリヒはハーゲンをけしかける。ハーゲンは、元々そのつもりで計略を用いて、ジークフリートの記憶を奪った。アルベリヒは満足そうに消えてゆく。
アルベリヒのナイトリンガーと、ハーゲンのグラインドルの陰鬱なダイヤローグはなかなか凄みがあり、背後の管弦楽も、夢幻的だが邪悪だ。その暗鬱とした雰囲気をクナは凄みをもって表現する。
音楽は、徐々に明るさを取り戻しながら夜明けの音楽になる。少しホルンが不調だが、ドラマティックに、あるいは陰惨に夜は明けてゆく。
ジークフリートの角笛が聞こえ、何も考えていない邪気のない明るさでジークフリートが"Hoiho!Hagen!"と呼びかける。ジークフリートはグンターとブリュンヒルデは後から来る、とハーゲンに伝え、ハーゲンはグートルーネを呼ぶ。グートルーネは、一夜を岩室でブリュンヒルデと過ごしたジークフリートの貞節を疑うが、ジークフリートは何もなかった、と取り合わない。そして、岩山を降りるときにグンターと入れ替わった、と明るくグートルーネに話す。グートルーネは驚きあきれながらも嬉しく、ハーゲンに臣下を館に集め、結婚式の準備をするように命ずる。
音楽は屈折しながらも、グートルーネと、ブリュンヒルデの記憶をなくしたジークフリートに寄り添うように、明るく期待を持って盛り上がる。その心理描写は深く、物語の進行と、その深層とに齟齬を起こしていないことには驚くべきか。ワーグナーの魔術のような音楽を聞くことができる。
ここで、GOLDEN MELODRAM盤は盤面が変わるが、何か変な音の途切れ方だ。
ハーゲンは角笛を吹き鳴らし、厄災だ!厄災だ!武器を取って集まれと、家来たちに呼びかける。素晴らしい迫力だ。緊迫した管弦楽、家来たちが集まってくるノイズ、吹き鳴らされ交錯する角笛など、否が応でも緊迫感を高める。
家来たちは集まり、「どんな非常事態だ!グンターは苦戦しているのか?」とハーゲンに詰め寄る。ハーゲンは、「グンターを迎えてもらうのだ!妻を迎えたのだから!」と言うが、家来たちは、緊迫したまま、誰か追ってくるのか?グンターは勝利したか?と問いかける。ハーゲンは神々に供物を備える準備をするように命じ、家来たちは次々にハーゲンの命令を求める。ハーゲンは、女たちから角盃を受け取り、それに酒を充たし、酒盛りだ!全ては神々を敬って、よい結婚をもたらしてもらうためだ!の一言で、家来たちからようやく哄笑が起きる。ハーゲンは普段不機嫌なことが多く、家来たちは結婚の触れ役になったハーゲンを面白がっている。むろん、家来たちはハーゲンとグンターの陰謀を知るよしはない。
スペクタクルな素晴らしい場面だ。クナの管弦楽の響きも素晴らしく、場面を盛り上げてゆく。そして、ハーゲンは家来たちに呼びかけてグンターの妻として、ブリュンヒルデをお祭り騒ぎの中、迎え入れる。コーラスと管弦楽が圧倒的な盛り上がりを見せる。
コーラスはやがて厳かな雰囲気に変わり、"Heil dir,Gunter!Heil dir und deiner Brust!(ようこそ、グンター!ようこそあなたと花嫁に!)"とグンターとブリュンヒルデを迎え入れる。一瞬、ブリュンヒルデの絶望が音楽の中に現れるが、グンターの喜びの声にその絶望は一旦は打ち消される。
グンターはジークフリートとグートルーネを呼び、今夜二組の結婚式が行われることを、感動を持って歌うが、再びブリュンヒルデの暗い絶望感が辺りを支配する。家来たちは、そのブリュンヒルデの絶望に打ちひしがれた様子に驚く。
仲良く一緒にいるジークフリートとグートルーネを見たブリュンヒルデは驚き、一瞬の叫びのあと、ジークフリートの腕の中に崩れ落ちる。ヴァルナイの名演技が聞ける。ブリュンヒルデは、ジークフリートの指に、昨夜奪われた指環が光っているのを発見、さらに驚く。指環を見て、何がなんだか分からなくなったブリュンヒルデをハーゲンが煽る。これは、グンターから奪ったものなら、グンターに返せと、ジークフリートに詰め寄る。ジークフリートは、これはナイトヘーレの洞窟でファーフナーから奪ったものだ、と取り合わない。ブリュンヒルデはまだその謎が解けないまま、ジークフリートの裏切りを知り、泣き叫ぶ。
家来や女たちが事情を知りたがるが、真実は闇の中だ。ブリュンヒルデは絶望しながら"Ratet nun Rache,wie nie sie gerast!(今は復讐を勧めてください、これまで荒れ狂ったことのない復讐を!)"と怒りを深くする。家来たちの問いかけに、昨晩グンターとではなく、ジークフリートと結婚したのだ、と訳が分からないままうち明ける。
ジークフリートは、ノートゥングにかけて貞節の誓いを守ったと言うが、ブリュンヒルデは、昨晩はノートゥングは鞘に収まったままだった、と周囲の猜疑心を煽る。
ジークフリートは、無実の証を立てようと、ハーゲンの申し出た槍の切っ先に誓いを立てる。ところが、ジークフリートへの復讐心に燃えたブリュンヒルデは、槍に自分の恨みのこもった誓いを立てる。
ジークフリートはブリュンヒルデの仕草にあきれ、家来たちに結婚の準備をするよう指示を始める。家来たちはその指示に従って、結婚式の準備に走る。
ジークフリートとグートルーネは幸せそうに退場し、家来たちも退場する。恥辱にまみれたグンター、絶望に打ちひしがれたブリュンヒルデ、陰謀の成就にほくそ笑むハーゲンがその場に残る。
ブリュンヒルデは、この混乱が何によってもたらされたのか、まだ分からない。ヴァルナイの粘り強い悲しみの声は素晴らしい感情の波を表現してゆく。その絶望と怒りを増幅するような管弦楽の動きの凄まじさ!
そこへ、ハーゲンが声をかける。ブリュンヒルデの変わりに、おれが復讐してやろうともちかける。ところが、ジークフリートの勇者としての力量を知っているブリュンヒルデは、一瞥でハーゲンは怖じ気づくだろう、と取り合わない。ハーゲンは重ねて、ジークフリートの倒し方を尋ねてくるが、ブリュンヒルデは自分の秘法でジークフリートを不死身にした、と明かす。ただ、敵に背中を見せないジークフリートの背中にはまじないをしなかった、とブリュンヒルデはジークフリートの秘密を明かしてしまう。
ハーゲンは、その背中に槍を突き立てやる!グンター、元気を出せ!とグンターを励ます。グンターはジークフリートの貞節への誓いは本当だったのかどうか確信が持てず、恥辱にまみれている。ハーゲンは、グンターの恥辱を救うのは、ただひとつジークフリートの死だ!と語る。ブリュンヒルデはブリュンヒルデで、自分からジークフリートを奪ったのはグートルーネだ、と勘違いする。ハーゲンとグンターは、グートルーネが悲しむなら、狩りに出かけてジークフリートを殺してしまおう!と密謀する。三者三様の思惑の中で、ジークフリート暗殺が決まってしまう。ハーゲンは最初、グンターが指環を得て権力を握ると言っておきながら、結局は指環は自分が奪う!と宣言し、悪の三重唱が奏でられる。
この不気味で邪悪な三重唱は聞き物だ。ヴァルナイは、ヒロインも悪役も演じられるが、その幅の広い芸域を感じ取れる。陰謀が渦を巻くようにして第二幕は幕となる。
第3幕
いかにも、平和な森に囲まれた渓谷に、ジークフリートの角笛がこだまする。ただ、運命を暗示するかのような弦楽器のえぐりこみがある。ライン河の動機が聞こえ、「ラインの黄金」の最初と同じ、ライン河に舞台が移ったことが分かる。録音、オーケストラともいまいちで、もう一つ前奏が伝わって来にくいが、ラインの乙女たちが、"Frau Sonne sendet lichte Strahlen(お日さまが、明るい光を送ってくる)"と歌い出す。ラインの黄金がアルベリヒに奪われるまで、光り輝いていた、と言う歌詞だが、いかにものどかで、三人の乙女たちは不揃いだ。それでいいのではないかと思える。ラインの乙女たちに、逆にビシッと決まったコーラスを聞かされると、興ざめするのではないかとも思える(^^;。
ラインの乙女たちは黄金を返してくれるよう、淡い期待をかけているが、そこにジークフリートの角笛が聞こえる。ユーモラスで動きのある乙女たちの背後の管弦楽が楽しい。ジークフリートは獣を追いかけてきたが、足跡を見失ってしまった、と怒っている。
乙女たちは、ジークフリートに呼びかけ、ジークフリートをからかう。ヴェルグリンデがジークフリートに指にはめられた指環を認め、それをくれ!という。ジークフリートは、ファーフナーを倒して得た指環を、獣なんぞと交換できるか、と言うと、ジークフリートってケチね、と乙女たちに余計にからかわれる。乙女たちは、自分が指環の呪いに気づくまで、持っていなさいとジークフリートに語るが、徐々に指環の呪いの恐ろしさを語り始める。明るくコケティッシュだった管弦楽が、徐々に指環の持つ運命の暗さに支配され始める。クナの管弦楽は見事に、乙女たちの語りを補佐してゆく。
乙女たちは言葉を継いで、指環を手放すように促すが、ジークフリートは頑として聞かない。ジークフリートはファーフナーの警告を思い出すが、指環は渡さないと言い張る。乙女たちはジークフリートを愚か者と罵り、"Ein stolzes weib wird noch heut'dich Argen beerben(誇り高い女性が今日にも、仕様のないあなたの遺産を継ぐわ)"と、ブリュンヒルデを暗示する管弦楽に乗りながら彼女の元に行こうと、ジークフリートから離れ始める。ラインの乙女たちの歌声と、ジークフリートの「女はこれだから信用できない」という言葉が交差する中、狩りの角笛が聞こえ、ハーゲンがやってくる。
ハーゲンの"Hoiho!"の後のホルンは不調だ(^^;。ハーゲンとグンターの家来たちは、先に行くジークフリートを見失っていたのだ。河原にいるジークフリートは、「ここは涼しいぞ。ここに降りてこい」と声をかける。ハーゲンは、そこに休憩地点を置くように家来たちに指示を出す。あわただしい物音とともに狩りの獲物が並べられる。ところが、ジークフリートは獲物をまだ仕留めていない。ジークフリートに獲物がないことにハーゲンは驚くが、頓着しないジークフリートは「のどが渇いた」と酒を望む。所々、暗い管弦楽の響きが忍び込み、のどかな狩猟風景と一線を画す。ハーゲンはそれとなく、ジークフリートに「鳥の言葉が分かるのか?」と尋ねる。
グンターは、ジークフリートへの疑念のため、おおらかにはしゃぐジークフリートに不満だ。ジークフリートははしゃぎながら、若い頃の歌を歌い始める。
ミーメの元で育ち、やがてファーフナーを打ち倒すためにノートゥングを鍛えたこと、ミーメに導かれてファーフナーを倒し、その血を舐めて鳥の言葉が理解できるようになったことなどを歌う。そして、小鳥に導かれてファーフナーの洞窟で隠れ頭巾と指環をさらってきたこと、小鳥の忠告に従ってミーメを屠ったことを歌う。
家臣が先を促し、その先を尋ねる。ハーゲンの奸計に充ちた歌が間に挟まる。
やがて、小鳥に導かれてブリュンヒルデの眠る岩山に向かったことを歌い、熱を込めてブリュンヒルデとの逢瀬に想いを馳せる。憧れに充ちた音楽が魅力的に鳴り響く。素晴らしい響きだ。グンターは、その言葉を聞いて愕然とする。ジークフリートは、既にブリュンヒルデと結ばれていたのだ。ハーゲンは、そのことには言及しなかった。
そこへ、二羽の小鳥が茂みから飛び立つ。ハーゲンは"Errät'st du auch diester Raben Geraun?(お前には、この鳥たちの耳打ちが分かったか?)"と問いかけると、ジークフリートは立ち上がる。そこを狙いすましたかのように、ジークフリートの背中にハーゲンが槍を突き立てる。数人の家臣がハーゲンを取り押さえようとするが、ハーゲンは構わずその場を悠然と立ち去ってしまう。
グンターと家臣たちは、あまりの悲劇に驚き、哀悼の念を込めてジークフリートの周りを取り囲む。瀕死のジークフリートはブリュンヒルデのことを思い出し、甘い追憶に浸る。甘く切ない管弦楽が辺りを包み、ジークフリートは"Brünnlild'-bietet mir-Gruß(ブリュンヒルトが、おれに−挨拶を送ってくれる)"と言う言葉を最後に事切れる。
そして、「ジークフリートの葬送行進曲」が始まる。多くの管弦楽曲集でも「ジークフリートの葬送行進曲」は聞けるが、オペラ全曲の中で聞く葬送行進曲は格別だ。クナのもたらす管弦楽の音色は湿っており、ジークフリートの死への哀惜がリアリティを持って迫ってくる。実に悲しげな葬送行進曲だ。ヴォータンの期待の星、ファーフナーを打ち倒した希代の英雄の生涯は早くも終わってしまった。オーケストラが揃っていない箇所はあるが、逆にそれがより深い感興につながってゆく。感極まった感じが良く出ている。アクセントもかなりしつこいが、まったく気にならない。凄い葬送行進曲だ。
やがて、家臣団に担がれ、ジークフリートの亡骸はギービヒ家の大広間に運ばれてくる。
グートルーネは不吉な予感にさいなまれている。ブリュンヒルデを探すが部屋にはいない。そこに角笛が聞こえ、グートルーネはジークフリートへの思慕を強くする。
ハーゲンが「明かりを持ってこい!獲物を持ち帰ったぞ!」と叫ぶ。ジークフリートの亡骸にまだグートルーネは気づかない。ハーゲンは、ジークフリートが死んだことを告げ、グートルーネは悲鳴を上げる。
良心の呵責にさいなまれているグンターは、苦々しくも優しくグートルーネに声をかけるが、グートルーネは狂乱する。グンターはジークフリートを殺したのはハーゲンだ、とグートルーネに打ちあけると、ハーゲンは開き直ったかのように大声で"Ja denn!Ich hab'ihn erschlagen.ich^Hagen-schliug ihn zuTod!(その通り!わしがやつを殺した。このハーゲンが−やつを仕留めたわけだ)"と宣言する。
グンターは、ジークフリートの指環をハーゲンに渡すまいとするが、グンターはハーゲンの返り討ちに合い、殺されてしまう。
ブリュンヒルデが登場、復讐を果たしたと恨みを込めて言うと、グートルーネは全ての災いはブリュンヒルデだ!となじる。ブリュンヒルデは、ジークフリートの妻は自分でグートルーネではないと告げる。
ことの真相を知ったグートルーネは、ハーゲンの陰謀に自分たちも加担したことを悟り、ジークフリートに「忘れ薬」を飲ませたことをブリュンヒルデに告白する。
その瞬間、全てをブリュンヒルデは頓悟する。
ブリュンヒルデはライン河の周辺に薪を並べるようグンターの家臣に指示を出し、感動的な「ブリュンヒルデの自己犠牲」と題されるジークフリートへの賞賛と、ヴォータンへの恨みと告別を歌う。そして、2羽の鳥たちを解き放して、ヴァルハルのヴォータンにここで何が起こったのかを報告させようとする。その鳥たちに、ブリュンヒルデの眠っていた岩山にでまだくすぶっているローゲを連れてゆき、ヴァルハルに火を放つよう指示する。
ブリュンヒルデは、グラーネに優しく呼びかけ、グラーネも嬉しそうにブリュンヒルデにまとわりつく。
クナはこの「神々の黄昏」最終場面を、決して急ぐことなく、じっくりとしたテンポで描いてゆく。そのため、単なる「物語の終幕としての悲劇」として終わらせず、実に意味深い音楽を響かせる。この透明な質感はクナならではだろう。ヴァルナイの豊かな歌声も素晴らしい。ブリュンヒルデが"Fliegt heim,ihr Rabin!(帰ってゆきなさい、鳥たち!)"と叫ぶその粘り、渦を巻くテンポ!やがて、グラーネに乗り、ブリュンヒルデはジークフリートを焼く炎の中に、ジークフリートと一体になれる歓喜を持って、身を躍らせてゆく。
炎は大きくなり、ギービヒ家の館は炎に包まれる。するとライン川が氾濫を起こし、大洪水が起きる。その大洪水に乗ってラインの乙女たちが火事の付近に姿を現し、ハーゲンは慌てる。ハーゲンは"Zurüch vom Ring!(指環にさわるな!)"と叫び水に飛び込むが、ライン河の流れに飲み込まれてしまう。
遙かヴァルハルにも火がつき、神々も炎に包まれる。
壮大な幕切れをワーグナーはほぼ管弦楽だけで表現した。クナは慌てず騒がず、ゆったりとした適切なテンポ、渦を巻く管弦楽、高域のメロディを重要視した管弦楽の組み立て方で、見事に「神々の黄昏」大詰めを演奏してゆく。録音された音がいまひとつのため、周囲を圧する管弦楽は想像で足しながら聞く他はないが、そのうねりのような呼吸感はまことに凄まじい。重く感動的な響きは、聞く者を震撼させる。悲劇的で壮大な音楽を、そのように演奏させるのではなく、クナならではの重圧を加え、感動をより倍加させている。
このログを書いている2003年3月23日は、アメリカによるイラク侵攻が3日目を迎えた。ミサイル攻撃や爆撃によって激しく炎上する大統領宮殿の凄まじい炎は、「神々の黄昏」を聞く小生には、冷静に見ていられなかった。
人間の欲するのは、指環に象徴される権力か?隠れ頭巾の象徴する人を欺き、優位に立とうとする優越感か?あるいは、ジークフリートがついに省みなかった財宝の数々か?
ヴァルハルは炎上し、世界に優位に立っていた神々はその炎の中で絶滅する。
そして、神々の長たるヴォータンに踊らされていた者たちの多くは破滅する。
「神々の黄昏」、いや「ニーベルングの指環」は現代に生きる我々にも、なにものかを雄弁に伝えようとしているような気がしてならない。
次回、1957年盤「神々の黄昏」を取り上げる。
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