クナを聞く 第79回
ワーグナー編その7−24

ワーグナー:「ニーベルングの指環」
ウィーン国立歌劇場の記録 その1
2003/8/18

Richard Wagner
Wiener Staatsoper LIVE
Der Ring des Nibelungen
Ausschnitte Vol.1


 クナは、1935年末からナチの妨害により、徐々にミュンヘンでの指揮活動に支障を来すようになり、1936年、ついにナチからバイエルン州で州立歌劇場の音楽総監督の職を解かれてしまう。ドイツで演奏活動を禁止され、公の場に出ることも禁止される。クナはナチへ「これでは食っていけない。国外での客演活動を認めて欲しい」と請願を行い、海外での演奏活動はできるようになる。さらにクナの請願は功を奏し、バイエルン州以外のドイツ国内での演奏禁止が解かれたのは1938年頃らしい。
そして、クナは住居をミュンヘンに残したまま、ウィーンをその演奏活動の中心にし、第2次大戦が終わるまで、ウィーンの芸術顧問として残った。ウィーン国立歌劇場でのさまざまなオペラの断片は、その当時の貴重な記録である。
 なぜ、クナはナチから演奏活動の禁止を食らったのか?
 一番大きな理由は、ヒトラーから嫌われたからである。ヒトラーは元々クナの演奏が好きではなかったようだが、その親父丸出しの言葉使いや行動もかなり嫌われていたらしい。クナはマルクス主義者ではないが、みんなが幸せに暮らせるなら、ボルシェビズムでも構わない、というようなことも言っている。ボルシェビズムはヒトラーとナチがユダヤ人以上に嫌い、絶滅したかった思想であり、そのような思想を持つ者は政治犯として強制収容所に入れられるか、後にはシベリア戦線で強制労働させられた。ただ。繰り返すがクナはマルクス主義者ではない。ノンポリは言い過ぎだと思うが、その考え方の中に、ナチの強圧的な姿勢を好んではいなかったと思われる。
 要は、ナチ上層部の好んだ貴族趣味とはほど遠い感覚の持ち主だったクナは、徹底的にヒトラーから嫌われることにより、歴史の中で浮沈した。ヒトラーはミュンヘンに巨大な歌劇場を作る計画を持っており、ヒトラーの考えるその歌劇場の理想的な指揮者はクナではなく、クレメンス・クラウスだった。ミュンヘンにクラウスを入れるためには、クナを追い出さなければならない。クナは、その言いたい放題の言動をナチから監視されていたが、ついにはミュンヘンを追い出されてしまう。クラウスはミュンヘンで獅子奮迅、ナチのお墨付きもあり、金に糸目をつけず歌劇場のレヴェルをベルリンに匹敵するか、追い越すくらいにまで引き上げる。ヒトラーに好かれたことによって、クナとは逆の立場でだが、クラウスもまた歴史の渦に翻弄される。第2次大戦後、クラウスはナチ協力者として人々の記憶に残ってしまった。
 マイケル・H・ケイター「第三帝国と音楽家たち」(明石政紀訳アルファベータ刊)は、クナの記述は辛目ながら、クラウスやリヒャルト・シュトラウスのいままでのナチ協力者という通説を有る程度まで覆した点では、実に参考になる。逆に、クルト・リースが作り上げた対ナチ闘争者としてのフルトヴェングラー像や、ピーター・ヘイワーズとの対話によって作り上げられた被害者としてのユダヤ人クレンペラー像を、ものの見事にひっくり返すなど、実に刺激的で面白い本である。ナチ時代や第2次大戦を生きなければならなかった音楽家達の素の姿に触れることができるだろう。
 当時のクナはドイツ、オストマルク(オーストリアのドイツ併合時の名前)では国内亡命者のような生活を送っていた。ウィーン・フィルのファゴット奏者で、後にアメリカに亡命したフーゴー・ブルクハウザーの「ウィーン・フィルハーモニー ファゴットは語る トスカニーニとの出会い」(芹澤ユリア訳文化書房博文社刊)はトスカニーニ礼讃の書みたいだが、短いクナの記載がある。
 ハンス・クナッパーツブッシュは、芸術家として人間として、フィルハーモニーのメンバーたちの最大の愛情を得ていた。「第三帝国」での国内亡命の年月にも彼は、堅固な性格の模範であって、それはすべての人たちの感嘆の的であった。(彼は国外には亡命しなかったが、国内で多くの圧迫を耐え忍んだのである。)彼はある時、言った。
 「私は実地の指導者(体操などで)でもなければ、平泳ぎする者でもない。舵取り下男でもなければ、じゅうたん叩きでもない。私は、一人の指揮者であるよう努力している。」と。


 Koch Schwannのウィーン国立歌劇場ライヴシリーズは、全部で24巻48枚ある。その他にも、「附記」のような形でCDが出ているらしいが、そちらの方は小生持っていない。手持ちの24巻の中から、「Hans Knappertsbusch Discography」(吉田光司著キング・インターナショナル刊)を参考にしながら、「ニーベルングの指環」が含まれているCDを抜き出してみた。
 中には、随分と面白い演奏記録もあるが、いかんせん、録音の状態は年代の水準くらいだ。非常に音の悪い録音もある。間違っても、大枚はたいて中古盤を購入する代物ではないと言うことだ。小生のようなクナバカや古いオペラファン、研究者には貴重だが、一般に音楽を楽しむと言うことに関しては、まったく向いたシリーズではない。どれも古いAMラジオから流れ出てくるような音である。
 なお、4つの楽劇では、歌われている箇所を探すのが大変で、2つのログに分けることにした(その3つになってしまった^^;;;;)。今回は、「ラインの黄金」と「ワルキューレ」を取り上げる。


Das Rheingold
3-1474-2
"Abendlich strahlt der Sonne Auge"
Wotan...Ludwig Hofmann
Fricka...Enid Szantho
(rec.1937/6/10 L)

Koch Schwann/3-1474-2(Germany)2CDs No.24

 クナによる「ラインの黄金」からの抜粋にしても部分的な録音にしても、今のところこれだけしかない。
 場面は終盤の第4場、ラインの黄金をファーフナーに取られ、意気消沈している神々のためにドンナーが雷を集め、ヴァルハル城に行くためにフローが虹の橋を架ける。ヴォータンが虹の橋を渡る前にヴァルハル城を愛で、「夕暮れに太陽の瞳が輝いている」から、「勝利を重ねて、存続すれば、その意味はお前にも明らかになるだろう」と橋を渡るところまでが収録されている。
 ルードウィッヒ・ホフマンのヴォータンは貫禄と威厳があり、イントネーションは?だが(あるいはウィーン訛りなのか)神々しいばかりの声が聞ける。音楽はゆったりと進行し、ローゲが歌い出す前に終わる。


Die Walküre
3-1456-2
2.Aufzug
"Nun zäume dein roß-Hojotoho"
Wotan...Ludwig Hofmann
Brünnhilde...Anny Konetzni
(rec.1937/6/12 L)

Koch Schwann/3-1456-2(Germany)2CDs No.6

 場面は第2幕冒頭、前奏曲の途中から始まりヴォータンの「さあ、お前の駿馬に馬具をおけ、勇ましい戦乙女よ」と督戦する箇所から、ブリュンヒルデが「ホヨトホ!」と叫び返し、「奥方のフリッカが近づいてくるわ」と言うところでフェードアウトする。
 前奏曲は結構テンポが速く、オーケストラの音はおもちゃのようだが、切迫感があり勇壮だ。昔の記録映画のサウンドトラックを聞いているようでもある。ここでも、ホフマンの張りのある声が素晴らしい。ブリュンヒルデのアニー・コネツニは息が短く、「ホヨトホ!」はどうなるかと思いきや。なかなかの美声である。


3-1466-2
2.Aufzug
"Hojotoho!"
"Zu Wotans Willen sprichet du"
Sieglinde lebe,Siegmund lebe mit ihr"
3.Aufzug
"Fort denn eile - O hehrestes Wunder"
Brünnhilde...Gertrude Rünger

Siegmund...Hilde Konetzni
(rec.1938/9/19 L)

Koch Schwann/3-1466-2(Germany)2CDs No.16

 極めてゆっくりとしたブリュンヒルデの「ホヨトホ!」である。「ハイヤホー!」と歌っているように聞こえる。第2幕でブリュンヒルデは2回「ホヨトホ!」を歌うが、最初のもののようだ。
 2曲目の断片は、フリッカに言い負かされ、ジークムントに死を与えなくてはならなくなったヴォータンの悲嘆の後、「ヴォータンの意志に話しかけることになるのです、父上が思っていることを私に話せば。私があなたの意志そのものではなくて、他の何でしょう?」と慰めに入るフレーズが収録されている。極めてゆったりとしたテンポで、悲劇味が豊かだ。
 3曲目の断片は、逃避行のジークムントとジークリンデの元にブリュンヒルデが現れ、ジークムントはヴァルハラ城でよみがえるが、ジークリンデは連れて行けないと宣告され、それならいっそ死んでしまおう、とジークムントがジークリンデを殺そうとノートゥングを閃かせたとき、「(やめなさい、ヴェルズング!)私の言葉を聞きなさい」から、ブリュンヒルデが戦の結末を変えようと決心し、「戦の場でまた合いましょう!」と分かれるところまでが収録されている。
 断片の4曲目は第3幕からで、ワルキューレたちがジークリンデに、ファーフナーの森に逃げるよう説得し、ブリュンヒルデが「急いで東へ進みなさい」とジークリンデを励まし、ノートゥングの破片をジークリンデに持たせる。ブリュンヒルデは、ジークムントとジークリンデの子供に「ジークフリート」と名付ける。ジークリンデはブリュンヒルデに感謝しつつ、「さようなら!ジークリンデの苦痛があなたを祝福します!」までが収録されている。
 この1838年の録音はすこぶる音が悪い。そこはかとなく、古き良き時代は想像できるが、これを聞いて演奏云々はなかなか難しい。


3-1469-2
1.Aufzug
"Eine Waffe laß mich weisen"

Siegmund...Julius Pölzer
Sieglinde...Hilde Konetzni
(rec.1938/9/19 L)

Koch Schwann/3-1469-2(Germany)2CDs No.19

 第1幕、フンディングを眠らせ、ジークムントの元に忍んできたジークリンデの場面、ジークリンデの「私が武器のありかを教えてあげます」から、少しの中断を挟んで、ジークムントの「春の歌」になり、「ごらん、春が広間の中へ向けて笑いかけている」までが収録されている。
 もの凄いノイズの彼方から聞こえてくるジークリンデの歌は、最初何を歌っているのか分からない(^^;。声を張り上げる箇所だけ何とか分かるが、ノイズを聞いているのか、音楽を聞いているのか分からなくなってしまう。


1.Augzug
"Keiner ging,doch einer kam - Winterstrürme wichen dem Wonnemond">
"Siegfried bin ich,und Siegmund heiß ich"

Siegmund...Set Svanholm
Sieglinde...Hilde Konetzni
(rec.1941/6/16 L)

Koch Schwann/3-1469-2(Germany)2CDs No.19

 これは、1938年の"Eine Waffe laß mich weisen"の続きで収録されているが、その音の良さにホッとさせられる(^^;。歌詞が明瞭に聞き取れ、管弦楽の輪郭が充分に分かる。
 ジークムントの「春の歌」の最初、「出ていった者はいない!入ってきた者はいる!」から、「若い二人は歓呼して挨拶を交わし、愛と春とはひとつになった!」までがまず収録されている。クナの指揮云々は、残念ながらこの録音からはしにくいが、スヴァンホルムの優れたジークムントが聞ける。
 続いて、第1幕の終盤、ジークリンデから名前を与えられたジークムントは勇躍、「僕の名前はジークムント、そして僕は勝利の司!」から、ノートゥングを名付ける箇所、そして第1幕最後までが収録されている。スヴァンホルムの張りのある声が聞き物だ。
 オーケストラの音はチャチに聞こえてしまうが、それは仕方のないところか。


3-1474-2
1.Aufzug
"Wasser,wie du gewollt! - kühlende Labung gab mir der Quell"
"Eine Waffe laß mich deir weisen"
"Du bist der Lenz"
"Was mich berückt,errat'ich nun leicht"
"Siegmund,so nenn'ich dich"
3.Aufzug
"Rette mich,Maid - - O hehrestes Wunder"
"Nicht straf'ich dich erst"
"Leb wohl,du kühnes,herrliches Kind"

Wotan...Hans Hotter
Brünnhilde...Helena Braun
Siegmund...Max Lorenz
Sieglinde...Hilde Konetzni
Helmwige...Daga Söderqzist
Gerhilde...Daniza Ilitsch
Ortlinde...Else Schulz
Waltraute...Dora With
Sigrune...Else Schürhoff
Rossweisse...Elena Nikolaidi
Grimgerde...Olga Levko-Antoch
Schwertleite...Melanie Frutschnigg
(rec.1943/12/1 L)

Koch Schwann/3-1474-2(Germany)2CDs No.24

 1943年の公演から、少し長めの断片が数多く収録されている。これは価値が高い。
 1曲目、フンディングの館に倒れ込んだジークムントを見つけたジークリンデの「お望みの水ですよ」から始まる。ジークリンデの眼差しに釘付けになったジークムントの心のさざ波はチェロで演奏されるが、その美しくも哀しいこと!ジークムントの「目蓋に夜が訪れたのですが、太陽がいま新たに僕に笑いかけています」までが収録されている。マックス・ロレンツのジークムント、ヒルデ・コネツニのブリュンヒルデとも素晴らしいし、なにより悲劇味の強いクナの指揮が聞き物だ。クナの呼吸感は聞くものを物語の深層に引きずり込むような凄みを感じさせる。
 2曲目は、ジークリンデの「私が武器のありかを教えて上げます」から始まる。コネツニの歌は可憐な上に、柔らかく包み込まれるようでその古さを忘れてしまう。さすらい人に身をやつしたヴォータンがトネリコの幹にノートゥングを突き刺す件を歌い、録音は一旦「彼が哀れなことこの上ない女の元へ異境からやって来てくれたら!」で中断する。再び、ジークリンデの「その聖なる友を見つけて、この腕がその勇士を抱くことができたならば」から始まり、ジークムントがジークリンデに愛の告白を行い、「春の歌」が始まる「ごらん、春が広間の中へ向けて笑いかけている!」までが収録されている。抒情的で素晴らしい音楽である。
 3曲目はその続きでジークリンデが「あなたこそは春。厳しい冬の歳月に私が求めていた春だった」から、「ああ、あなたの間近に身を屈めさせて!その輝きがはっきりと私に見えるように!」までのジークリンデの愛の歌が歌われるが、コネツニのジークリンデは本当に素晴らしい。実に素直に、愛の歌がごく自然な情感で歌われてゆく。
 さらに、第1幕第3場から「僕を魅了したものが何かを、たやすく言い当てられる」から「お前の愛するとおりに、僕は名乗る、僕はお前から名前を名乗ろう!」までの、お互いの声音や姿に魅せられてゆく場面、不思議な老人が共通の父親ではないかと気が付き、「ジークムント」という名前を呼ばれる場面までが情感豊かに演奏されてゆく。
 そして、いよいよ「ジークムントと私はあなたを名付けます」とジークリンデに名付けられたジークムントは、ヴェルズングの誇りを思い描き、第1幕の終幕までが収録されている。この、1943年の「ワルキューレ」の水準は、第2次大戦中とはいえ、かなり高い。オーケストラの録音された音は、いかにもその年代の水準でしかないが、なによりロレンツとコネツニが素晴らしく、その声の余裕と確かな情感の表出に思わず聞き惚れてしまった。
 次に第3幕から、ワルキューレたちの岩山に逃げてきたブリュンヒルデとジークリンデの場面、ジークリンデが「私を救って、乙女よ!子の母を救って!」から、ヴォータンが到着する前、「さようならジークリンデの苦痛があなたを祝福します」までが収録されているが、文句なく、ジークリンデのコネツニが素晴らしい。"O hehrstes Wunder!Herrlichste Maid!"の息の長い素晴らしい歌声に思わず聞き惚れてしまった。
 次のトラックでは、やがてヴォータンが到着し、隠れているブリュンヒルデをなじる。ワルキューレたちの間から出てきたブリュンヒルデを「今さら、わしがお前を罰するのではない。お前の罰はお前が自身で作りだしたのだ」と怒り、ブリュンヒルデの追放と罰を言い渡し「お前を道端に見つけて、起こした男がこの乙女を我が物にするのだ」までが収録されている。ヴォータンはハンス・ホッターである。まだ、若々しさを感じるが、既にこのころからホッターはヴォータン歌手として、かなり凄い歌を聞かせていたことが分かる。"Nicht send'ich dich mehr aus Walhall(わしがお前をヴァルハルから派遣することはない)"からの、哀しさと残酷さが入り交じったホッターの表現や管弦楽は聞き物だ。
 そして、最後は「さようなら、大胆で輝かしかった娘よ!」のヴォータンの告別と魔の炎の音楽から、録音された音に2回の中断はあるが、一応最後までが収録されている。中断後の方が音がいいようである。当時の録音機の時間的な制約か。ホッターの素晴らしさが光る。その泣き節は後年のホッターよりも激しかったようだ。すすり泣き、娘と別れるヴォータンの心情が憎いばかりに押し寄せてくる。クナの指揮とオーケストラは、そのテンポの確実さ、ホッターの歌にピッタリとつけた情感で見事に「ワルキューレ」終幕を描いてゆく。確かに音は悪いが、決して聞きにくい音ではないし、ノイズも随分とましだ。管弦楽だけで演奏される長い箇所で中断しているのが残念だが、終始ゆったりとしたテンポで湿った感情がよく表現されている。ホッターの感極まったような歌いっぷりや、ローゲのゆったりした動機を背後に演奏される弦楽器の情感は素晴らしい。最後は余韻を残すかのように静かに終結する。
 ブツ切れとは言え、このウィーン国立歌劇場での1943年の演奏記録は思いのほか良かった。

参考文献
オペラ対訳ライブラリ「ワーグナー ニーベルングの指環」上 高辻知義訳 音楽之友社
スタンダード・オペラ鑑賞ブック 4 「ドイツ・オペラ」下「ニーベルングの指環」 吉田 真著 音楽之友社
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