クナを聞く 第80回
ワーグナー編その7−25

ワーグナー:「ニーベルングの指環」
ウィーン国立歌劇場の記録 その2
2003/9/1

Richard Wagner
Wiener Staatsoper LIVE
Der Ring des Nibelungen
Ausschnitte Vol.2


Siegfried

3-1456-2
3.Aufzug
"Heil dir,Sonne!Hell dir,Lecht!"
"Heil euch,Götter!Heil dir Welt"
"Du wonnignes Kind!"
"Ewig war ich,ewig bin ich"

Siegfried...Koseh Kalenberg
Brünnhilde...Anny Konetzni
(rec.1936/4/18 L)

Koch Schwann/3-1456-2(Germany)2CDs No.6

 全て、第3幕第3場からの収録である。
 1曲目、岩山に眠るブリュンヒルデはジークフリートの口づけによって目覚める。その、ブリュンヒルデの目覚めの歌「太陽よ、ごきげんよう!」から、「私を目覚めさせた勇士は誰?」までが収録されている。音は相変わらず余りよい状態での収録とは言えないが、クナの官能的で匂い立つような音楽が聞ける。コネツニのブリュンヒルデは息が短いものの、素晴らしいブリュンヒルデである。小生、古手の歌手の歌唱が苦手なのだが、コネツニの歌唱には違和感が少ない。
 2曲目、全曲の問いにジークフリートが答えブリュンヒルデが神々への感謝の歌を歌う「神々よ、ごきげんよう!」から、ジークフリートとの母への賛歌、大地への賛歌を経て、お互いが見つめ合い、ブリュンヒルデの「生命を目覚めさせたあなたは、勝利する光!」までが収録されている。1曲目の続きとして、コネツニのブリュンヒルデは見事だし、カレンベルクのジークフリートも、硬質の優れた歌を聞かせてくれる。なにより、クナのオーケストラの官能さが素晴らしい。
 3曲目、ジークフリートから母親の事を聞かれ、「愛すべき子よ!あなたの母はもう戻ってはこない」とブリュンヒルデが答える場面から、ジークフリートの五感がブリュンヒルデの全てを捉えているという恋情の歌を経て、グラーネを見つけたブリュンヒルデが感謝の歌を歌い、「ジークフリートは私と馬とを起こしたの」までが収録されている。カレンベルクの歌が遠く、聞こえにくい。膝録り録音であったのか、あるいは客席にマイクが近接していたのか、少し、聴衆の声が入る。クナは、ゆったりとしたテンポで、ブリュンヒルデとジークフリートの逢瀬を描いてゆく。
 4曲目、ジークフリートの直情的な性の営みへの期待を聞かされ、不安におののくブリュンヒルデのジークフリート牧歌のメロディに乗った「私は、永遠の身だった。そしていまも永遠に」から、ブリュンヒルデのおののきの歌を聞かされたジークフリートが灼熱ような情熱を歌い「ああ!波が仕合わせにこの身を飲み込んでくれたら」までが収録されている。カレンベルクの歌は、相変わらず音量が小さく、最後の激情するところでは音がダンゴになってしまい、何を歌っているのか分からない。コネツニの見事なブリュンヒルデと、クナの管弦楽を聞くべき録音だろう。クナのブリュンヒルデの不安とおののきを見事に音化した管弦楽は見事である。貧弱な音の彼方から、実に魅力的な音楽が響いてくる。


3-1460-2
1.Aufzug
"Wanderer heißt mich die Welt"
"Auf wolkigen Höh'n wohnen die Götter"
3.Aufzug
"Der Weckrufer bin ich"
"Dir Unweisen ruf'ich ins Ohr"
"Mein Vöglein schwebte mir fort">

Wanderer...Ludiwig Hofmann
Siegfried...Max Lorenz
Mime...William Wernigk
Erda...Enid Szantho
(rec.1937/6/16 L)
Koch Schwann/3-1460-2(Germany)2CDs No.10

 まず、第1幕から収録されている。
 1曲目、悩んでいるミーメの元にさすらい人に身をやつしたヴォータンが現れ、「さすらい人と世間はわしを呼ぶ」から、知恵者であると歌うさすらい人の登場に懐疑的なミーメが、知恵なら充分持っていると相手にしたくないと歌う場面、さすらい人の「わしはこの炉端に座ったが、この首を敢えて知恵比べの賞品に差し出そうと思う」までが収録されている。ヴォータンのルードウィッヒ・ホフマンの威厳に満ちたヴォータンが聞ける。ミーメを歌うヴェルニックは、かなり演劇的な歌唱を聞かせてくれる。
 2曲目、知恵比べでまずミーメから質問を出すが、その3つ目「神々」について聞かれたさすらい人の「雲に上の高みには神々が住まっている。ヴァルハルがその居城だ」から、ヴォータンの威厳を歌い、杖を大地について雷を起こし、「さあ、言ってくれ、聡明なこびとよ。わしは質問に明答できただろうか?わしの首は差し出さずとも良いか?」までが収録されている。ここでも、ホフマンの威厳と高貴な雰囲気を湛えたさすらい人が素晴らしい。
 3曲目からは第3幕第1場からの収録である。  3曲目、さすらい人たるヴォータンはエルダを起こす。目覚めたエルダにヴォータンが呼びかける「呼び覚ましたのはわしだ」から、エルダが私に聞かなくてもノルンたちに聞けばよい、と答え、ヴォータンがノルン達ではだめだ、エルダから聞きたいという「だが、お前の叡智から出る忠告なら、わしは感謝するだろう。一体、運命の転がる輪をどう停めたらいいのだ?」までが収録されている。エルダの「男たちの功業に囲まれて」からほんの少し収録されているが、ノイズの中にエルダの声は溶解してしまう。エルダをエニド・サントーが歌っているが、これがなかなか神秘的でよい。
 4曲目、エルダを目覚めさせたものの、さっぱりヴォータンの質問に耳を傾けないエルダに業を煮やし、ヴォータンは自分の決断したとおりに事を進める、ヴェルズングにわが遺産を全て与えよう!と自己確認をするような「叡智を失ったお前の耳に、わしはこう叫ぶ」から、「奴らが、何を企もうとも、永遠の若者に、この神は、歓喜にみちて道を譲ろう」まで、そして「では、下って行け、エールダ!」までが収録されている。ほんと、ホフマンの艶があり、なお鋼のような歌声は素晴らしい。
5曲目は、第3幕第2場から、さすらい人とブリュンヒルデを探すジークフリートが出会う場面、ジークフリートの「おれの小鳥は飛んでいってしまった」から、さすらい人とのやりとりがあり、ジークフリートの「おれが何を知っていよう!おれが分かっているのは、そんな破片だけでは役に立たなかったことだ」までが収録されている。ジークフリートのマックス・ロレンツが舌を巻くほど素晴らしい。ロレンツの何ものも怖れないジークフリートが実にうまく表現されている。それにつられて、クナの管弦楽も戯画的なこの場面を、ユーモアとファンタジーがあふれるように描いてゆく。音は貧弱だが、ロレンツの凄さを、少し垣間見させてくれるような録音だった。


3-1472-2
1.Aufzug
"Heil dir,weiser Schmied"
"Auf wolkigen Höh'n wohnen die Götter"
"Hahaha!Der witzigate bist du unter den Wisen"
3.Aufzug
"Wache,Wala!Wala,erwach!"
"Die Walküre meinst du"
"Du bist nicht,was du dich wähnst"
"Wer sagt'es dir,den Fels zu suchen"
"Mit dem Auge,das alsandres mir fehlt"
"Fürchte des Felsens Hüter"

Wanderer...Hans Hotter
Siegfried...Joachim Sattler
MIme...William Wernigk
Mela Bugarnovic
(rec.1941/10/12 L)

Koch Schwann/3-1472-2(Germany)2CDs No.22

 第1幕第2場から。
 1曲目、さすらい人の登場の場面から始まる。ゆったりとしたさすらい人の「ご機嫌よう、賢い鍛冶屋どの」から、さすらい人の「わしはこの炉端に座ったが、この首を敢えて・・・」までが収録されている。この1941年の録音は、歌手の声や歌詞が明瞭に聞き取れる。さすらい人はハンス・ホッターが歌っており、ルートウィッヒ・ホフマンのさすらい人と比べると、より人間臭いヴォータンである。その代わり、威嚇するような声量はもの凄い(^^)。
 2曲目、ミーメの3つ目の質問の最後「(どのような一族が)、雲の上の高みに住まうのか?」から、さすらい人が全てを答え終わり、「わしの首が、その答えを保証したのに」までが収録されている。ホッターの声も凄いが、低弦域の渦巻くオーケストラの響きもまた凄い。さすらい人が杖を大地に突くと雷鳴が鳴り響くが、その効果も迫力満点だった。
 3曲目、さすらい人がミーメに3回目の質問をする、その時のさすらい人の笑い声から始まる。「ははははは!賢い者たちのうちでも、お前は一番、利口な奴だ」から、ノートゥングを鍛えなおす方法を聞き、それに答えられないミーメにさすらい人は恐怖を与え、さすらい人は「お前が請け出せなかったその首を、わしが譲る。その相手は、怖れを習わなかった者だ!」とその場を去り、ミーメがファーフナーの幻影に錯乱する箇所までが収録されている。管弦楽の低域とホッターの声は空恐ろしいほどで、ファーフナーの幻影がちらつき始める箇所の、具体的な音楽はまるで恐怖映画の音楽のようだ(幾分古くさいが)。
 4曲目以降は第3幕第1場から。
 4曲目は、さすらい人がヴァーラ(エルダ)を起こす「起きよ!ヴァーラ!ヴァーラ目覚めよ!」と呼びかける場面から、エルダが目を覚まし、さすらい人はエルダを讃え、「そこで消息を得ようとして、わしはお前を眠りから覚ました」までが収録されている。相変わらず、ホッターの声が凄い。エルダのメラ・ブガーリノビクの声が聞こえにくいのは残念だが、エルダが目を覚ます不気味な美しさが充分に表現されている。
 5曲目、さすらい人の「お前は、ワルキューレのことを、娘のブリュンヒルデのことを言うのだな?」から、さすらい人はブリュンヒルデを罰したことを話し、エルダは深い悲しみに再度眠りにつくことを懇願する場面、そして、さすらい人の「太古の叡智を具えた、お前はかつて、心配のとげを、ヴォータンの意気壮んだった胸に突き刺した」までが収録されている。相変わらず、エルダのメラ・ブガーリノビクの声が聞こえにくく、歌詞が聞き取れないが、さすらい人の"in ihr Auge dr'uuml;ckte er Schlaf(娘の眼に眠りを植え込み"から、エルダが深い悲しみに沈み込む背後の管弦楽の凄みのある音!悲しみに彩られたその音楽は、聞き惚れるだけのパワーを持っている。
 6曲目、さすらい人の、質問に答えないエルダにいらだった「お前は−自惚れているようなそんな存在ではなくなっている!」からジークフリートに期待をかける歌、そして「では下って行け、エールダ!」までが収録されている。途中、ホッターの声が聞こえにくくなったり、何かのアナウンスか観客の声か分からないが、ホッターの歌声の上に被ったりする。それでも、凄い記録だなと思う。
 7曲目以降は第3幕第2場から。
 7曲目、さすらい人とジークフリートは邂逅し「誰がお前に言った、岩山を探せと?」から、さすらい人の出現を邪魔だと解釈したジークフリートととのやりとり、そしてジークフリートの「何だってそんな大きな帽子をかぶっている?どうして、そんなに目深にかぶってるのだ?」までが収録されている。ほんの少し、フェードアウトしながらさすらい人の「これはまあ、さすらい人の流儀だ」が聞こえるが。ジークフリートをヨアヒム・サットラーが歌っているが、ロレンツの凄まじいジークフリートを聞いてしまうと、優しくて頼りなげなジークフリートに聞こえてしまう(^^;。1937年盤ではロレンツの歌声によって、オーケストラも煽られるかのように、物語にユーモアとファンタジーを付加していたが、ここでは残念ながら、サットラーの非力さが目立ってしまった。
 8曲目、さすらい人の「わしが失くしている、その目で、お前自身を見ているのだ、わしの残った方の目を」から、ジークフリートがそのさすらい人の言葉を嘲弄し、さすらい人が悲しさを伴った怒りをもって「わしの憎しみを掻き立てるな、それは、お前も、わしも滅ぼすのだ」までが収録されている。ジークフリートが「さあ、話せ、さもないとぶっ飛ばすぞ!」とさすらい人に詰め寄る場面から、さすらい人の悲しみと怒りがこみ上げてくる場面だが、そのホッターの泣くようないきり立ち方は凄みがある。管弦楽も、がくっと調子を変え、ホッターの怒りを凄い迫力でサポートしてゆく。
 9曲目、さらに怒ったさすらい人の「岩山を守護するあるじを恐れよ!」から、さすらい人がジークフリートの行く手を遮ろうとする「お前が炎を恐れないのなら」までが収録されている。短い収録なので、クナの渦を巻く管弦楽は聞こえてこないが、ホッターの怒り狂った声は、やっぱり凄かった。


3-1474-2
2.Aufzug
"Daß der mein Vater nicht ist"
3.Aufzug
"Ein Wunscmädchen gebar ich Wotan"
"Du bist nicht,was du dich wähnst"
"Mein Vöglein schwebte mir fort"
"Es floh dir zu seinem Heil"

Siegfried...Set Svanholm
Wanderer...Paul Schöffler
Erda...Mela Bagarinovic
Waldvogel...Adele Kern
(rec.1941/6/21 L)

 ウィーン国立歌劇場ライヴシリーズの第24集には、1941年、1936年、1937年の3種類の「ジークフリート」からの抜粋がある。

 まず、1941年のライヴだが、これは第22集に収録されていた10月の録音とは異なり、6月の公演のもようだ。そのため、歌手が変わっている。
 まず、第2幕第2場、ファーフナーを退治する場面で、まとわりつくミーメを追い払い、森のささやきのメロディに乗って「あいつがおれの父親じゃないことが、嬉しくて堪らない!」から、母を想い夢幻的になる場面の「悲しいことだな、実際にそうなら」までと、第2幕第3場「体が熱くなった、あの大変な苦労のせいだ」から、ジークフリートの孤独感が深まり、小鳥が「花嫁を目覚めさせるなら、ブリュンヒルデはその時こそ、彼のもの!」歌う途中までが続けて収録されいる。ファーフナーを倒し、さらに小鳥の言葉が理解できるようになり、ミーメを倒す場面はカットされている。恐ろしくゆったりとしたテンポで、情緒纏綿と没入するかのようにジークフリートが母を思い、さらに孤独感を深める音楽が聞ける。スヴァンホルムのジークフリートも若々しく、悩めるジークフリートを好演している。
 2曲目、第3幕第1場から、ヴォータンに目覚めさせられたエルダの「そして、申し子の娘を、私はヴォータンのために産んだ」から、ヴォータンのブリュンヒルデを罰し、眠りの刑に処したことを聞き、深い悲しみに沈み込んだエルダの「正義を守り、契約を守護するあなたが、正義を阻み、偽誓によって支配するのか?」までが収録されている。ヴォータンはパウル・シェッフラーで、これがなかなか素晴らしいヴォータンを聞かせる。ルードウィッヒ・ホフマンの威厳やハンス・ホッターの恫喝し、感情を露わにするヴォータンではないが、シェッフラーはシェッフラーで人間寄りの(^^;見事なヴォータンを聞かせてくれる。エルダのメラ・ブガリノヴィッチの声は少し遠く、聞き取りにくい。ヴォータンからブリュンヒルデの罰のこと聞かされたエルダの"Wirr wird mir,seit ich erwacht(目覚めて、このかた、私は混乱している)"と歌い出す前の管弦楽の沈み込み方は凄く、エルダの深いやりきれない悲しみが管弦楽でも見事に表現されている。
 3曲目、同じく第3幕第1場から、いくらエルダに問いかけてもらちの明かない話に業を煮やしたヴォータンの「お前は − 自惚れているようなそんな存在ではなくなっている!」から、ジークフリートに全てを与える決心をし、エルダを再び眠りにつかせる第1場の最後までが収録されている。シェッフラーのドイツ語の発音が非常にきれいに聞こえる。ただ、ヴォータンの悪辣さと威厳を表現するためには、少し市井に生きるヴォータンのようではある。
 4曲目、第3幕第2場、ジークフリートがヴォータンと出会う場面、ジークフリートの「おれの小鳥は飛んでいってしまった」から、ヴォータンと出会い、「これ以上、そこに、お前がつっぱらかって邪魔するなら」までの途中までが収録されいる。途中、さすらい人の「Das - mein'ich wohl auch!(わしも、 − そう思うぞ!)とジークフリートを愛情のこもった眼差しでジークフリートを見る眼差しの音楽の愛情が籠もっていること。
 5曲目、同第3幕第2場の続き、ジークフリートとのかみ合わない会話に悲しみと怒りを感じたさすらい人の「(小鳥が)逃げていったのは、あれには幸いだったのだ」から、ジークフリートとさすらい人が戦い、さすらい人の槍はジークフリートにへし折られ、さすらい人が退場した後、ローゲの炎にジークフリートの足下が照らされ、ジークフリートが喜び勇んで歌う「ホーホー!ハーハイ!さあ、愛しい仲間を呼び寄せよう!」までが収録されている。クナの管弦楽は、貧弱な音ながら細部までしっかりと聞かせてくれる。ヴォータンの怒りがにじんでくる様子、ジークフリートに破れて意気消沈と"Zieh'hin!Ich kann dich nicht halten!(行け!わしにはお前は停められない!)"と下がってゆく無念さなど、さすがに面白く聞かせてくれる。


1.Aufzug
Vorspiel - "Zwangvolle Plage!Müh ohne Zweck"
"Fühltest du nie im finstren Wald"
3.Aufzug
Vorspiel - "Wache,Wala!Wala!Erwach!"
"Stark ruft das Lied"
"Mein Schlaf ist Träumen"
"Männertaten umdümmern mir den Mut"
Wirr wird mir,seit ich erwacht"
"Du bist nicht was du dich nennst"
"Jetzt lick"ich ein liebend'Gesell"

MIme...Erich Zimmermann
Siegfried...Josef Kalenberg
Wanderer...Emil Schipper
Erda...Enid Szantho
(rec.1936/4/18 L)

 第24集に収録されている「ジークフリート」の断片は、1936年に遡る。
 1曲目、第1幕前奏曲から始まる。ノイズの多い録音だが、1936年の録音にしては低域もよく聞こえてくる(現代の録音の低音と比べるべくもないが)。森の不気味さを表現しているのか、日本の能楽のようなテーマから、鍛冶屋のテーマに移り、エネルギッシュになって行き、鍛冶屋の鉄を打つ音が聞こえ、ミーメの「気の進まぬ苦労だ、苦労をしても役立たず・・・」と歌い出す途中までが収録されている。ミーメをエーリッヒ・ツィンマーマンが歌っているが、声が遠く、少し聞こえにくい。クナの表現は見事である。
 2曲目、第1幕第3場、ミーメとさすらい人の問答で、ファーフナーの恐怖に目覚めたミーメとジークフリートの会話、ミーメの「お前は感じたことがないのか?小暗い森の中で」から、ミーメにナイトヘーレの洞窟にいるファーフナーのことを教えられいきり立つジークフリート、そしてミーメの「怖れを知らぬ者の方が、その技を早く見つけるのではなかろうか?」の途中までが収録されている。歌手の歌は実に聴き取りにくい。何を歌っているのか分からない箇所もある。逆に、クナの管弦楽がよく聞こえ、ナイトヘーレの洞窟の不気味さや、ファーフナーの恐怖が余すところなく聞き取れる。
 3曲目からは第3幕で、まず第3幕前奏曲の途中から始まる。管弦楽は古き良き時代のラジオから流れ出ているような音で、あまり良い音ではないが、気迫のこもったクナの管弦楽が聞こえる。音はチャチだが、迫力満点の第3幕前奏曲だ。途中ノイズと効果音で、何がなんだか分からなくなる箇所はあるが、余裕のあるエミール・シッパーの「起きよ!ヴァーラ!ヴァーラ、目覚めよ!」のヴォータンの歌の冒頭までが収録されている。
 4曲目、エルダの「歌が強く呼んでいる。その魔力の働きには力がある」から、ヴォータンの「魔力を用いて、はるかな地底で、堅い眠りが封じていたお前の目覚めが全て目覚めるようにと!」までの途中までが収録されている。エルダのエニド・サントーの歌は聞こえにくいが、そのエルダの目覚めの不気味な音楽は見事に表現されている。ノイズの中からかすかに聞こえるサントーの歌声も立派である。
 5曲目、エルダの「私の眠りは夢、夢は思念、私の思念は知を司ること」から、「なぜ、あなたはノルンたちに尋ねないの?」までがゆったりと演奏される。その雰囲気は、聞こえにくいサントーの歌声ともども、なかなかのものだ。
 6曲目、エルダの「男たちの功業に囲まれて私の心は薄命の中に閉ざされている」からヴォータンの「お前はワルキューレのことを、娘のブリュンヒルデのことを言うんだな?」までが収録されている。ブツ切れの第3幕第1場だが、サントーのエルダが雰囲気が良くて、他の演奏のこのエルダの場面でなかなか満足ができないことが多いのだが、サントーの歌声は悲哀と威厳がこもっていて立派である。もっと音がよかったら、背筋がゾクゾクするようなエルダが聞けたのではないかと思う。
 7曲目、エルダの悲しみに充ちた「目覚めて、このかた、私は混乱している」から、絶望の果て「眠りよ、私の叡智を閉ざせ!」までが収録されている。本当にサントーのエルダは素晴らしい。クナの管弦楽も、悲しみと絶望に彩られた伴奏をしっかりと演奏させてゆく。
 8曲目、エルダの「なぜ、来たのです。厄介な暴れ者よ。ヴァーラの眠りを妨げるために?」から、ヴォータンの「ヴォータンがいま、 − 何を望むか、解るか?」までが収録されている。
 9曲目は、第3幕第2場の最後、さすらい人の槍を砕いたジークフリートの「さあ、愛らしい仲間を呼び寄せよう!」から、ローゲの炎に照らし出されたブリュンヒルデの岩山への場面転換の音楽が収録されている。ノイズやオーディエンスの話し声が聞こえるが、クナの管弦楽も比較的よく聞こえる。クナの当時の演奏が、ファンタジーと抒情に溢れたものであったことが分かる。一夜の夢物語として、聞き手を遙かな異空間に連れ出すような演奏である。


2.Aufzug
"(Dein Hirn brütete nicht),was du vollbracht"
"Wasihr mir nützt,weiß ich nicht - Hei!
Siegfried gehört nun der Helm und der Ring!"
"...so recht ja rietest su schon,Nun sing! -Hei! Siegfried erschlug num den schlimmenn Zwerg"

Siegfried...Max Lorenz
Fafner...Nikolaus Zec
Walfvogel...Elisabeth Schumann
(rec.1937/6/16 L)

Koch Schwann/3-1474-2(Germany)2CDs No.24

 1937年の録音は、第2幕から収録されている。
 まず第1曲目、第2幕第2場、ジークフリートのファーフナー退治の場面、ジークフリートは深々とノートゥングをファーフナーの胸に突き刺す。ファーフナーの「お前がやってのけた行為は、お前の頭が考え出したことではない」の途中から、ファーフナーがミーメの奸計を注意し、ジークフリートが名乗る場面「名を手がかりに教えてくれ、おれはジークフリートと呼ばれている」とファーフナーが「ジークフリートか・・・!」と事切れるところまでが収録されている。ジークフリートのマックス・ロレンツの若々しさと無邪気さは素晴らしい。ファーフナーのニコラウス・ゼックは、ファーフナーのおどろおどろしさはそれほど表に立っては来ないが、なかなか面白かった。
 2曲目、第2幕第3場、ミーメの「わしがそのうち奪いとってやるさ」から、「それでも、指環はその主のものになるのだ」とアルベリヒの嘲笑するセリフ、ジークフリートの「お前たちがおれに何の役に立つのかは知らない」、小鳥の「おおい!頭巾も指環もジークフリートの物!」、そして、ミーメの「でも、あの大蛇をお前は殺したのではなかったか?なにしろ悪い相手だっただろう?」まで収録されている。素晴らしいのは、エリーザベト・シューマンの小鳥である。歌詞はよく聴き取れないが、その雰囲気やコロラトゥーラ・ソプラノのようなコロコロした歌声は、小鳥にピッタリとはまっているようである。
 3曲目、ジークフリートと小鳥との会話、ジークフリートの「もう立派な忠告をしてくれたのだから。さあ、歌ってくれ!聴いているぞ!」から、小鳥にブリュンヒルデのことと居場所を教えられ、ジークフリートの「いまや、おれは燃え立っている、怖れをブリュンヒルデから知ろうとして!」の途中までが収録されている。エリーザベト・シューマンの天上から聞こえてくるかのような小鳥と、怖れを知らぬロレンツのジークフリートの対比が見事だ。録音は悪いし、ノイズがかなりあるが、ウィーン国立歌劇場の当時の雰囲気や歌手の実力が、まざまざと分かるような録音だった。


参考文献
オペラ対訳ライブラリ「ワーグナー ニーベルングの指環」下 高辻知義訳 音楽之友社
スタンダード・オペラ鑑賞ブック 4 「ドイツ・オペラ」下「ニーベルングの指環」 吉田 真著 音楽之友社
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