クナを聞く 第97回
ワーグナー編その8−15 「パルジファル」第一幕への前奏曲


44 2100-2
KICC-2023
URN 22.127
TAH 417-418
TIM
Orchester des Deutschen Operhauses Berlin
(rec.1942/3/31 RRG)

Pilz Acanta/44 2100-2(Germany)2CDs
King Seven Seas/KICC-2023(Japan)
Urania/URN 22.127(Italy)2CDs
TAHRA/TAH 417-418(France)2CDs
TIM/205230-330/205234-330(Germany)10CDs

KICC-2107
440 062-2
POCL-4303
475 309-2
SBT 1338
Wiener Philharmoniker
(rec.1950/6/14-15 S)

King Record/KICC-2104(Japan)
DECCA/440 0620-2(England)
Polygram/POCL-4303(Japan)
Universal/475 309-2(Germany)
Testament/SBT 1338(England)

64XK-10/11
MCD 80089
MVCW-18001
WST-17032
MCAD2-9811-B
TH 121.125
Münchener Philharmoniker
(rec.1962/11 S)

Pioneer/64XK-10/11(Japan)2CDs
MCA/MCD 80089(England)2CDs
Victor/MVCW-18001(Japan)
Victor/uccw9001(WST-17032)
MCA/MCAD2-9811-B(USA)
Theorema/TH 121.125(Italy)
 1942年盤の各CDのジャケット表記は全て1943年になっているが、1942年3月31日、第三幕全曲と同じ日に放送用録音として収録されたものと考えられる。どういう場で演奏されたのか、その辺りの事情はよく分からない。
 当時のドイツは第二次世界大戦の真っ最中で、1941年6月22日独ソ不可侵条約を一方的に破ったヒトラーはバルバロッサ作戦を発動し、ドイツ軍はソヴィエト領内になだれ込んだ。そして、機動力を生かしてソヴィエト国内に怒濤の進撃を開始する。
 ところが甚大な被害を出しながらも、ソヴィエト軍は粘り強く抵抗する。冬将軍のためもあり、泥沼のような激戦は各地で続く。1942年3月31日は、まだドイツ軍に大きな敗北は訪れていない。ドイツ軍のソヴィエトでの敗北は、スターリングラード攻防戦(1942年8月22日。スターリングラードでのドイツ第6軍の降伏は翌年1月31日)が決定的か。西部戦線では、連合軍のシチリア上陸作戦(1943年7月10日)やノルマンディ上陸作戦(1944年6月6日)までまだ間があり、ナチに支配されたドイツ国内は、その鉄壁の規律と情報管理もあり、連戦連勝ムードに包まれていた。ソヴィエトで苦戦はしていてもその占領地域は広大だし、公式に発表される報道はドイツ軍の各地での敗北を伝えてはいなかったのではないか。日本の大本営発表と同じような構図だ。国民は来るべきドイツの敗北など夢想もしていなかったと思える。
 1941年12月19日にヒトラーが陸軍最高司令官に就いてから、その大胆不敵な作戦の数々は成功した場合もあったとはいえ、戦術家としての能力の欠如を云われている。バルバロッサ作戦の発動から、東部戦線ではあちこちですでに破綻は始まっていた。
 恐らくドイツの敗北など誰も予想していない中で、ドイツ国内ではコンサートや公演、ラジオの収録などが行われていた。
 これは、あちこちのログで再三触れていることだが、クナはドイツ国内での指揮活動を干され、オーストリアで活動を行っていた。ところが、ドイツのオーストリア併合で、オーストリアもクナの活動の場としては危なくなる。ユダヤ人でもなく、また思想的に危険人物でもなかったクナはナチに嘆願書を書き、オーストリアと、バイエルン州を除くドイツ国内で指揮することを許された。前回も書いたとおり、クナは決して民主的な思想の持ち主ではない。ワーグナーに傾倒していただけに、当時のドイツではごく一般的な反ユダヤ主義の感情は持っていた(おそらく思想ではない)。ただ、クナは反ユダヤ主義の感情は持っていても、ユダヤ人そのものを差別する気はなかったようだ。奥波一秀著「クナッパーツブッシュ 音楽と政治」(みすず書房刊)によると、クナの最初の婚約者ケーテは半ユダヤ人だ(もっとも、このユダヤ人の定義ははるか後年にナチ決めたものだが)。
 ヒトラーから嫌われていたクナは、ミュンヘンに建設される予定の大歌劇場の予定指揮者ではなかった。ヒトラーの意中の指揮者はクレメンス・クラウスだった。親ナチというほどではなく、当時のドイツ人としてはごく普通の権威主義的なおやじだったクナは、バイエルン州立歌劇場の運営がいい加減だと言う理由やささいな舌禍事件をきっかけに、1935年11月バイエルン州立歌劇場の音楽監督としては相応しくないとその任を解かれ、追い出される。クナはミュンヘンに居を構えながらも、指揮活動の場をウィーンに移さざるを得なかった。当時のクナの様子を、「国内亡命者」とウィーン・フィルのファゴット奏者で、ユダヤ人だったため後にアメリカに渡ったフーゴー・ブルクハウザーは「ウィーン・フィルハーモニー」(芹澤ユリア訳文化書房博文社刊)の指揮者のプロフィルで書いている。ドイツのオーストリア併合で、ウィーンでもクナは一時期指揮活動ができなかった。クナは1936年に屈辱的な手紙をナチ宣伝省に書き、ドイツ以外での指揮活動は許可される。
 クナがドイツの指揮台に復帰できたのは、1938年12月2日だった。
 奥波一秀著「クナッパーツブッシュ」によると、復帰を果たしても、なによりクナはナチの事大主義と選良主義を嫌っていたようだ。自身、それほど民主的な人間ではないにしても、歴史と伝統という土台のない権力のいかがわしさと危うさを感じ取っていたのか。ヒトラーに嫌われ、ナチにこき使われても、クナはドイツ人指揮者としての故郷を捨てることは頭になかったに違いない。クナはドイツとオーストリアで、あるいは文化使節として占領地で指揮を続けた。
 しかし、そのような逆境に遭い、クナの音楽は深化した。1938年6月2日のひとり娘の死も大きく影響したものと思われる。
 1942年のクナの指揮活動は凄まじい。1939年以降、よく身体が保つなというくらい指揮台に上がっている(前回のログで、小生の思い違いがあった。娘の死やオーストリアで活動できない時期はあったが、すでにクナは獅子奮迅の働きをしていた)。1942年3月31日ベルリン・ドイツ歌劇場での「パルジファル」第一幕への前奏曲と第三幕全曲は、そのような状況下で収録が行われた。
 なんか、おさらいのような話になってしまったが、確認のために書いた。
 1950年は、いよいよクナがバイロイトに登場する前年で、ヴィクター・オロフのプロデュースで「パルジファル」第一幕への前奏曲を含む一連のワーグナー曲集は録音された。1949年、クナはミュンヘン・フィルを率いて、無償でバイロイトでの演奏を行っている。演目は、ベートーヴェン:献堂式序曲、ワーグナー:「ジークフリートのラインへの旅」、「ジークフリートの葬送行進曲」、「トリスタンとイゾルデ」第一幕への前奏曲、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第三幕への前奏曲、第一幕への前奏曲だった。新生バイロイトの立て役者ヴィーラント・ワーグナーは、クレメンス・クラウスやカール・ベームの演奏の方が好きだったそうだが、1950年3月には「パルジファル」と「ニーベルングの指環」第1チクルスをクナの指揮によって上演されることを決断した(「ニーベルングの指環」第2チクルスの指揮者はカラヤン。録音が残っているクナ1951年の「ニュルンベルクのマイスタジンガー」は、最初クナでは公演の計画がなかった(これは小生の勘違いだった。録音が残っているのは1952年盤。1950/51年はDECCAへの正規録音だった。ああ、年は取りたくないのう*^^*。Thanks Yoshidaさん)。録音が残っているのは追加公演で、これも最初はカラヤンが振る予定だった)。1950年DECCAへのワーグナー・プログラムの録音は、クナのバイロイトへの登場の確定と相まって、ワーグナー指揮者クナのイメージを決定づけたといってもいい。このふたつの出来事がなければ、クナは「ワーグナーの得意なドイツの片田舎の指揮者」で片づけられていただろう。
 もっとも、クナのバイロイトへの登場は、クナにとって大きな不満の種になった。この伝統主義者はヴィーラント・ワーグナーの新バイロイト様式が気に食わず、1952年は我慢したが、1953年はバイロイトに決別状を送り、指揮していない。もっとも、クナの代役として登場、バイロイトに定着する予定だったクレメンス・クラウスの突然の死により、1954年から再びバイロイトで指揮棒を取った。
 1962年は、Philipsによって「パルジファル」全曲が録音された記念すべき年だ。ただ、管弦楽曲集のスタジオ録音は、DECCAやPhilipsではなく、Westminsterという、どちらかというとローカルなレーベルで録音された。バイロイトでの公演が終わり、収録は11月だ。
 クナは1961年に楽旅先のブリュッセルで胃穿孔(胃潰瘍)の緊急手術を受け、体力を著しく失ってしまった。オットー・シュトラッサー著「栄光のウィーン・フィル」(芹澤ユリア訳音楽之友社刊)によると、以後のクナとの演奏は別れの雰囲気がいつも漂っていたそうだ。クナは、Westminsterにベートーヴェン:「フィデリオ」全曲、ブルックナー:交響曲第8番、ワーグナー:管弦楽曲集をステレオ録音で残してくれた。クナの正規録音はこれが最後で、その後の録音は放送用録音をCD化(LP化)したものだ。

1942年盤
 3種類手元にあるCDでは、Pilz Acanta盤も廉価ながら、なかなか満足できるレヴェルでのCDだ。King Seven Seas盤の音はPilz Acanta盤とほぼ同じだった。Urania盤は、例によってステレオプレゼンスを付加している。それでも、Urania盤の音の生々しさはかなり凄い。相当に厚化粧の音で、「いい」とは言えないが、面白いことは面白い。とても1942年の録音には聞こえない。
 もう2種類のCDを忘れていた。TAHRAからリリースされた2枚組TAH 417-418に入っている。このCDの目玉は1950年1月30日のシューベルト:「未完成」とブルックナー:交響曲第9番で、どういう訳か、おまけのようにして1942年の「パルジファル」第一幕への前奏曲と、1950年11月6日のベートーヴェン:コリオラン序曲が収録されている。音はすこぶる優秀で、1942年盤のファースト・チョイスにしても良い音。
 もう一種は、元々はHISTORYというレーベルで、現在はTIM The International Music Company AGからリリースされた10枚組廉価版ボックスに入っていた。歴史的指揮者の古い録音がそれぞれの指揮者で10枚組ずつリリースされている。フルトヴェングラーやトスカニーニなど、3セットある。音は決して悪くはないが、音揺れが多少感じられる。それでも歴史的指揮者の古い録音をまとめて聞くためには適していて、小生も重宝している。

 とりあえずは、Pilz Acanta盤、King Seven Seas盤で聞くべきか(^^;。忘れていたTAHRA盤の方がいいか・・・。(^^;;;;

1950年盤
 まず、King Record盤だが、ホワイトノイズが盛大で、原音源の劣化がひどい。ノイズが盛大で、一所懸命マスタリングをしているのは分かるが、「いい」とは言えない。金属原盤からのマスタリングか。そうだとしたら、原盤に錆でも出ていたのだろうか?
 DECCA盤440 0620-2。これは、King Record盤に比べれば随分とマシだ。ノイズも軽減され、むりやり聞きやすくしたという感じではない。長い間、これが1950年盤のリファレンスだった。
 国内でリリースされたPolygram/POCL-4303。DECCA/440 0620-2よりもホワイトノイズは多いが、こちらの方が繊細感とスケールが出ていて情報量が多い。かなり成功したCD化だろう。
 Universal/475 309-2。ドイツでプリントされた、DECCAの歴史的音源を集めたシリーズの中の1枚。Polygram/POCL-4303と音の傾向が非情によく似ている。DECCA/440 0620-2はノイズリダクションをかけすぎたか。年代を考えるなら、実によくできたマスタリングだ。
 Testament/SBT 1338は、イギリスのTestamentがDECCA録音をディストリビュートした1枚。高域をいかにうまく聞かせようかと作成されたそれまでのCDよりも低域が豊かで、スケール感が最もある。その分、原音源の劣化までもがリアルに感じ取れる結果になっているが、細かな音の動きやオーケストラの厚みを一番よく聞かせてくれる。
 入手しやすいかどうかを考えても、Universal/475 309-2かTestament/SBT 1338が音の傾向は異なるが、どちらも優れた成果としてリファレンスで問題がないと思う。さわやかな高域を望む方はUniversal盤、スケールの大きな演奏を聞きたいならTestament盤というところか。小生はUniversal盤をリファレンスにして聞くことにした。いっこうにTestament盤でも構わないのだが・・・。

1962年盤
 元は全部Westminster盤。アメリカやイギリスのMCAが原盤にしたものと、WestminsterのLPやテープを原盤にしたものとでは、その音が異なるようだ。
 まず、初期盤LPから復刻されたPioneer/64XK-10/11。かなり立派な音だ。ホワイトノイズは被っているが、あまり気にならないレヴェル。サーフェスノイズもそれほど気にならない。ステレオでの拡がりも自然で、実に好感が持てる音。ただし、原盤にあった音のよじれや極微少の抜けのようなものはある。また、強奏で混濁したりする。それでも、このマスタリングは好感が持てる。
 MCAのイギリス盤MCA/MCD 80089。フィルアップされているブルックナー:交響曲第8番では議論が出るほど、日本ビクターで出たCDと音の傾向は異なるが、「パルジファル」第一幕への前奏曲はそれほどでもない。ただ、ほんの少しリヴァーブが被っているようで(気になるようなレヴェルではない)、音に厚みと柔らかみが増している。実に聞きやすい。ステレオでの音の拡がりも自然だ。恐らくMCAが取得したマスターテープからのマスタリングだと思われるが、このCDは成功している。バランスも良い。万人に薦められる音。ただしかし、強奏ではやはり多少混濁する。
 日本ビクターからリリースされたVictor/MVCW-18001。オリジナルマスターからマスタリングされたと、話題になった。MCAイギリス盤から余分なものを取り除き、真正な姿を現した、と言っていいマスタリング。原テープの劣化もあるが、あまり気にならない。タイトな響きの素晴らしいクナの演奏が堪能できる。元々、Westminsterの録音はデッドだったのだそうだ。
 国内で紙ジャケットで発売されたVictor/uccw9001(WST-17032)。基本的にはVictor/MVCW-18001と同じだが、こちらの方がほんの少し音の粒立ちが良いような気がする。制作はユニヴァーサルになっている。デッドだが、たなびくような残響が美しい。
 MCA/MCAD2-9811-B。MCAでもアメリカでリリースされたDouble Deckerシリーズの1枚。廉価盤のはしりだった。音は決して悪くはない。非情に聞きやすい音で、MCAイギリス盤と同じような傾向で、リヴァーヴはあまり気にならない。ただ、高域のヌケがほんの少し悪く、音の密度がスカスカ気味か。それでも充分聞ける音だ。
 Theorema/TH 121.125はイタリアでリリースされたモノラルヴァージョンである。CEDARシステムが効き過ぎているのか、ノイズは聞こえない変わりに、ナローレンジのなんかモコモコした変な音だ。それでも雰囲気はかなりある。むしろ、クナのモノラルでの全曲録音を聞き慣れた耳には聞きやすいかも知れない。Westminster盤はモノラルで発売されたことがあったのかどうかは分からないが、もしあったとしても、このような音にはならなかっただろう。刺激のない聞きやすい音だが、リファレンスとしては不適だ。他のCDでは、強奏で音が混濁するところが、このThoerema盤ではなかったことが面白い。
 結果、ビクターの紙ジャケット盤をリファレンスにして聞くことにした。別にVictor/MVCW-18001でもMCA/MCD 80089でもいいレヴェルだが、今回比較してみて一番印象が良かった。

 1942年盤のテンポは極めて遅い。DECCA1950年スタジオ録音の方がさらに遅いが、その後、クナは極めて自然なテンポを獲得してゆくのか。1962年盤のテンポが最も早く、こと「パルジファル」第一幕への前奏曲では、クナは晩年になってそのテンポが遅くなったとは言えないようだ。むしろ、1942年盤や1950年盤はより儀式に傾いたようにおどろおどろしく、1962年盤では瑞々しい音楽になっている。
 で、気になったので全曲盤のタイミングを見てみることにした。

Time
195114'16"
195213'18"
195413'29"
195612'46"
195811'53"
196012'10"
196112'31"
196212'02"
196311'56"
196412'23"
 ちなみに、3種類の管弦楽曲盤は以下の通り。1962年のWestminster盤以外では、クナはコンサート用のフィナーレを演奏していないので、全曲盤、管弦楽曲盤ともおなじスコアでの演奏ということになる。なお、1962年盤では、フィナーレを抜いた位置辺りでのタイミングを記入してある(スコアが異なるので、完全に一緒というわけにはいかないが)。ということは、1962年の管弦楽盤のテンポは、かなり速いと云うことだ。

Time
194213'54"
195014'15"
196211'10"
 このような比較はあまり大きな意味はないが、クナの「パルジファル」第一幕への前奏曲では、1950年から1951年辺りがその遅さのピークで、1958年辺りからテンポは速くなり、多少のでこぼこはあっても、ほぼ安定していることが分かる。クナは、晩年になったからテンポが遅く巨大になった、とは言えない大きな例である。
 ちなみに、クナ以外の演奏で一番共感できたブーレーズの1970年バイロイトのライヴ録音(DG)では、10分27秒だった(1966年盤(Golden Melodram)は11分30秒だった)。ブーレーズの演奏はクナとはかなり違うが、その表現への意欲と確信が、素晴らしい「パルジファル」を生み出している。

 話を戻して、1942年盤(^^;。スコアの強弱記号など、最小限に守っている演奏で、かなり線が太い。時折弦楽器がポルタメント風になる箇所はあるが(当時のオーケストラの特性だろう)、クナは極力ポルタメントやレガートをかけない。当時のオーケストラとしては異例の近代的な響きになっている。「パルジファル」が得意だったクナの面目躍如、骨太で劇的な要素の強い第一幕への前奏曲になっている。「パルジファル」第一幕への前奏曲は、さまざまなエピソードの集積という感じがあるが、クナはゆったりと有機的にその集積を繋いでゆく。各フレーズ毎の解決はこのような音楽には極めて有効なのだろう。75小節から木管楽器による質朴として哀しみのこもったゆったりした情感を聞いていると、クナの楽曲に対する愛情がひしひしと感じられる。緩やかで深い呼吸感の感じられる後半も素晴らしかった。切実で、ひとつひとつの音に生命が宿っているかのような演奏だった。

 1950年盤。オーケストラの精度の違いからか、よりクナの呼吸感が増すようなフレージングだ。6小節目からのヴィオラ、そして第2ヴァイオリン、第1ヴァイオリンと木漏れ日が広がってゆくような効果をしっかりと聞くことができる。モールス信号のような木管楽器群は質朴としているが。弦楽器による音の膨らませ方が絶妙で、楽曲の持つ魅力を引き出している。金管楽器も力任せではなく、徐々にそのボリュームを増して行く。ゆったりと引き延ばしたような前奏曲の演奏だ。59小節からの木管楽器によるアンサンブルも、ゆったりと噛んで含めるかのようだ。そして、70小節の息の長いフォルテシモが聞ける。80小節からはどこかやりすぎにような引き延ばし方だが、寂寥感と歓びが同時に押し寄せるような独特の表情を見せる。空中をゆったりと上下するような感覚に襲われる。99小節のマーラー:交響曲第9番第4楽章に現れる旋律がゆったりと聞こえ、そのまま失速するかのように音楽はよりテンポを落とし、より高い空中に漂うかのようにして収束を迎える。クナが1950年頃にとらえていた「パルジファル」が濃密に結実した演奏といえばいいか。

 1962年盤。1942年盤と1950年盤を続けて聞いてきた耳には、拍子抜けするほど自然な開始だ。6小節目からの朝の光を現すフルートやトランペットが美しい。テンポは幾分速く、メロディーごとにその雰囲気が確実に描かれてゆく。朝の澄んだ陽光の中を、一陣の風が森の中を吹き抜けて行くような演奏だ。ティンパニーの音色にもう少し拡がりが欲しいような気もするが、実に美しい前奏曲である。62小節からの豊かで慈悲の世界を感じさせる弦楽器のメロディも極めて美しい。そして、音楽はごく自然な雰囲気で盛り上がり、木管楽器群の美しい合奏へとつながってゆく。混じりけのない、澄んだ聖なる音楽を聞くことができる。力の抜けたクナは、素晴らしく透明で作為のない音楽を展開してゆく。クナのそれまでの演奏を含めた、さまざまな指揮者による前奏曲の管弦楽盤の中では、異色とも言える自然さだ。その呼吸の深さと、変な表現だが、このように落ち着いた哀しみを聞かせてくれる演奏は他にはない。見事に神の遍在を確信できる音楽だ。

 3種あるクナの管弦楽版「パルジファル」第一幕への前奏曲は、クナの変遷を知る上で実に興味深かった。1942年盤は「パルジファル」の切実なドラマを、1950年盤はクナの考える「パルジファル」の方向性をはっきりと聞かせ、1962年盤は極めて自然にその美しい音楽を表現する。
 指揮者とて、生涯おなじ演奏をするわけではないのだ。その時々の音楽の捉え方は変わって当然で、その差を楽しむことも音楽を聞く大きな歓びであると言える。
 小生はクナバカだもの、その全ての演奏が素晴らしく聞こえる。

 次回、管弦楽盤として、第一幕:舞台転換の音楽、花の乙女たちの音楽を取りあげる。