クナを聞く 第100回
ワーグナー編その9 ジークフリート牧歌
クナの「ジークフリート牧歌」は、以下の録音が確認できた。
- 1953/5/7 ケルン放送交響楽団とのライヴ録音
- 1955/4/1 ウィーン・フィルとのスタジオ録音
- 1962/1/6 ミュンヘン・フィル殿ライヴ録音
- 1962/11 ミュンヘン・フィルとのスタジオ録音
- 1963/5/21 ウィーン・フィルとのライヴ録音
- 1963/3/24 NDRとのライヴ録音
各演奏のタイミングは以下の通り。ただ、同一演奏の異なるCDでみなタイミング表記が違った(^^;。
しかし、スタジオ録音で若干タイミングが早いことを除けば、各演奏でそれほど大きな差はないので、クナのテンポは1953年から最晩年までほぼ一貫していたのが分かる。
| 1953/5/7 | 20'08" |
| 1955/4/1 | 19'16" |
| 1962/1/6 | 19'58" |
| 1962/11 | 19'03" |
| 1963/5/21 | 19'24" |
| 1963/3/24 | 20'10" |
「ジークフリート牧歌」はそれほど起伏がなく、ほとんどは穏やかに、自然に流れるように聞けてしまう。そのため、演奏の特徴のようなものをとらえるのは実に難しい。というより、聞いているとそんなことどうでも良くなってしまうのだ。小生も、こんなログを作っていなければ、ゆったりとした気分で「ジークフリート牧歌」を楽しみたいところだ。
「ジークフリート牧歌」は、ワーグナーがコジマに誕生日のプレゼントとして送った。そのコジマを驚かせようと、1870年12月25日、ワーグナーの別荘トリープシェンで若きハンス・リヒター(後年のクナの師匠ですな)を中心に15人で演奏された。トリープシェンの居間から階段にかけて奏者が並び、2階の寝室にいたコジマを大いに驚かせ、喜ばせた。その印象的な場面をルキノ・ヴィスコンティは映画「神々の黄昏」で詳細に描いた。
「ジークフリート牧歌」は、最初「フィーディーの鳥の歌とオレンジの日の出を持ったトリープシェン牧歌」(高木卓氏による)と名付けられていた。何のことやらさっぱり分からないが、フィーディーとは現在のフィージー諸島のことか?フィーディーとは、ジークフリートの愛称のことだそうである。なぜ、そう呼ばれるのかは分からないそうだが・・・Thanks 吉田真さん
しかし、ワーグナーの子供たち(正確には、コジマの前夫ハンス・フォン・ビューローとの間に生まれた二人の娘が含まれている。ワーグナーとの間に生まれた娘はイゾルデとエヴァのふたり。コジマとの間に生まれた、ワーグナーにとって初の男児であったジークフリートはまだ1歳半だった。「ジークフリート牧歌」は、このジークフリート出産の感謝を込めて作曲されたものだ)は、その演奏風景の印象から、「階段の音楽」と呼ばれたのだそうだ。
次々とクナの「ジークフリート牧歌」を聞いてみるのだが、なかなかどこがどういう演奏なのかということに踏み込めない。というか、これだけ好きな曲なのに、なのをどう書いていいのか、よく分からない状態なのだ。
他の指揮者の演奏も聞いてみたが、う〜ん、さっぱり・・・でログの本文に入る(^^;。
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(rec.1953/5/7 L)
KIng Seven Seas/KICC-2030(Japan)
Music & Arts/CD-1014(USA)4CDs
King Seven Seas盤は録音年代を考えるなら、かなり聞きやすい。ただ、この「ジークフリート牧歌」が収録されているKICC-2030というCDの編集コンセプトがさっぱり見えない。ワーグナーで統一はされているが、1951年ベルリン国立歌劇場での録音と、1963年NDRでの録音が収録されていて統一感がまったくと言っていいほどない。多分、ワーグナーの録音を寄せ集めてみたら、CD1枚分の収録時間になった、ということだろうか。Music & Arts盤は、ほぼKing Seven Seas盤と同じである、というかKing Seven Seas盤はMusic & Artsからライセンスを得ている。
若干、King Seven Seas盤の方が聞きやすいか。
音楽は、「ニーベルングの指環」「ジークフリート」の第三幕、ジークフリートに接吻によって起こされたブリュンヒルデの、直情的なジークフリートの愛情に歓びながらもおののいて歌う"Sonnenhell leuchtet der Tag meiner Schmach!(太陽の真昼が私の恥辱に照りつけている!)"の後、"Ewig war ich(わたしは永遠の身だった)"からのメロディが使用されている。「ジークフリート牧歌」には、その他さまざまな楽劇の動機が顔を覗かせる。全音楽譜出版社刊ポケットスコアに、高木卓氏の詳細な解説がある。
そのスコアを見ながら演奏を聞いていると、絶妙のフレージングに驚いてしまう。いかんせん、オーケストラはそれほどうまくないが、強弱の付け方(たとえば、フルトヴェングラーの1949年の演奏と比べると、クナはスコアに記載されている強弱記号や、クレッシェンド、デクレッシェンドをじつに見事にさばいているのが分かる)、細かな表情付けなど見事だ。音楽が呼吸をするように演奏されているのがよく分かる。第1ヴァイオリンのチャーミングなこと!
さらに、第2ヴァイオリンの扱いが独特で、多くの他の指揮者の演奏では第2ヴァイオリンが埋没気味になるのに、クナの演奏ではしっかりと聞こえてくる。しっかりと愛情のこもった演奏になっている。
木管楽器も質朴で、第1ヴァイオリンのチャーミングな響きと対をなすように、その木管楽器に込められた自然の意味が伝わってくる。「ジークフリート」の森のささやきの音楽が実に微笑ましく聞こえる。
先にフルトヴェングラーの例を出したが、クナとフルトヴェングラーでは、その楽曲の捉え方がかなり異なり、クナの演奏の質朴に聞こえるその響きの背後にあるしなやかで、愛情のこもった絶妙なフレージングは実に美しい、と感じる。フルトヴェングラーは16分48秒で「ジークフリート牧歌」を振っているが、クナの1953年盤は20分08秒をかけて、丁寧に楽曲を追いかけている。無用に「ジークフリート牧歌」という優しい楽曲を追い込まないのがクナらしい。
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(rec.1955/4/1 S)
King Record/KICC-2107(Japan)
PolyGram/POCL-4304(Japan)
PolyGram/POCL-4599(Japan)
Universal/470 254-2(England...Printed in Germany)
King Record盤は原音源の劣化、もしくは使用された金属原盤かテープの劣化が著しく、ホワイトノイズも多い。楽音そのものは聞きにくい音ではないが、ノイズの多さはいかんともしがたい。
PolyGram国内盤の2種は、最初POCL-4304が先にリリースされた。ほぼ同じ音だ。ただ、ノイズの多いKing Seven Seas盤に比べて低域が少し不足している。その点では物足りない。が、音の粒立ちはしっかりしていて、ノイズはほとんど聞こえない。
DECCAのLegendsシリーズとして、ブラームス管弦楽選集とカップリングして発売された470 254-2は、PolyGram盤よりも低域が豊かで、ノイズもなくひじょうに聞きやすく、クナの演奏のリアリティを獲得できている。その分、高域のさわやかさは減少しているが、470 254-2が現在のリファレンスで問題がないだろう。
1953年盤よりも、さらに呼吸するようなフレージングが生きているような演奏。プルトを少なくしているようだ。実に丁寧で微に入った演奏が聞ける。オーケストラも当然のごとくうまい。10小節から13小節までで、すでに聞き手を「ジークフリート牧歌」の世界に連れ込むような、素敵なクレッシェンドやフレージングが聞ける。弦楽器群の各声部が等価に聞こえるため、厚みを感じることができる。夢を見ているような素敵な時間を約束してくれる。クナに、もしドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」の優秀な音での録音があったら素敵だろうな、と思わせる美しい瞬間が何度も訪れる。弦楽器はケルン放送交響楽団に比べて、さすがによく歌う。オーボエの親密で美しい響きは、何とも言えない味を引きだしている。
クナは、トリープシェンでのワーグナー一族のひとときの平和と親密感を実にうまく表現する。子供たちの仕草や、周りを取り囲む自然の優しさまでをも、豊かな呼吸感の中で表現しているかのようだ。ウィーン・フィルの、当時の響きの魅力と相まって、まことに魅力的な「ジークフリート牧歌」だといえる。うねり来るようなチェロの音色、豊かに歌うヴァイオリン群、質朴と響く管楽器の音色が、透明感を失わない中で、実にチャーミングに響き合っている。愛情に充ちた、宝石のように美しい演奏だといえる。
恐らく、この録音は一発取りだったようでホルンがよろけたりするが、そのことでこの美しい演奏の価値を減じるものではない。「ジークフリート牧歌」を聞く上で、是非盤の演奏。
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(rec.1962/1/6 L)
Disques Refrain/DR-920025(Pirate)
Golden Melodram/GM 4.0063(Croatia)2CDs
Living Stage/LS 1008(Slovenia)
Golden Melodram盤。Disques Refrain盤に比べると、目の覚めるようなしっかりした音になっている。一次音源にかなり近い・・・というか一次音源からのCD化ではないかと思える。このGolden Melodram盤は寄せ集めの印象がぬぐえないが、それぞれの録音はかなりよく、お薦めできる。2枚組で他に収録されているのは、
- モーツァルト:クラリネット協奏曲(rec.1962/1/6 シュローダー、ミュンヘンフィル)
- シューベルト:「未完成」(rec.1958/2/10 バイエルン州立管弦楽団)
- シューマン:交響曲第4番(rec.1962/1/6 ミュンヘン・フィル)
- ブラームス:交響曲第3番(rec.1963/11/15 シュトゥットガルト放送管弦楽団)
で、シューマン:交響曲第4番は以前ミュンヘン・ハンス・クナッパーツブッシュ協会盤で出ていたときには、細部まで聞くことができなかった録音だが、この2枚組に収録されているものは、音はいいとは言えないものの随分とましだ。その他の録音でも、クナの同一演奏記録のリファレンスとなるような優れた音で各曲が収録されている。是非盤の2枚組。
Living Stage盤。このCDに収録されている1962年1月6日のコンサートの模様は、Golden Melodram盤でもその全てが収録されていたが、音はかなり見事だ。放送用録音の割には、Golden Melodram盤と同じ音源を使用したのか?と思わせる見事な粒立ちと帯域だ。同一日付にしては、シューマン:交響曲第4番は別の日、別の場所で録音されたのではないか、と思わせるが、これもまたGolden Melodram盤と同じようなクオリティを持っていた。Living Stage盤は、クナの録音で首を傾げるような音の悪いCDがある中で、この「ジークフリート牧歌」が収録されたLS 1008は思いのほか印象が良かった。ジャケットが貧弱なので、敬遠される向きもあるだろうが、これなら「買い」だ。
結果、Golden Melodram盤でも、Living Stage盤でもいい、ということになった。
1955年のスタジオ録音に比べて、かなり規模の大きなオーケストラで演奏しているのが分かる。1955年から7年後の録音だが、実に豊かなスケールと徹底したフレージングで「ジークフリート牧歌」を演奏してゆく。1955年スタジオ録音が、トリープシェンを巡る愛情豊かな家族の情景だとすれば、ここではその風景が拡大され、より巨大なパノラマを見るような趣になっている。その大パノラマが、見事に大きな呼吸感と切実な盛り上がりを感じさせながら楽曲は進行してゆく。その、時折見せる切実な情感にはため息が出そうなほどだ。
録音は、ミュンヘンのドイツ美術館であったらしく、豊かな残響に包まれる。この残響もまた好ましい。
音楽はゆったりと進んでゆく。クナは決して細部をおろそかにしないが、その細部の集積を魅力的に積み上げてゆく・・・というより、適所な場所に有機的に配置してゆくかのようだ。
音楽は平和に、それでもうねるように進行してゆく。随所にチャーミングな音楽を聞くことができ、クナ独特のピラミッド・バランスの中に、美しくメロディラインが浮かび上がる。後半の情感は震えが来るほど素晴らしい。これもまた、是非盤!幸い、1枚もののLivin Stage盤でも、優れた音でこの素晴らしい演奏を聞くことができる。
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(rec.1962/11 S)
Pioneer/64XK-10/11(Japan)2CDs
MCA/MCAD2-9811-A(USA)
MCA/MCD 80089(England)2CDs
Victor/MVCD-18002(Japan)
Victor-Universal/UCCW-9002
Deutsche Grammophon/289 471-211-2(USA)2CDs
まったくイヤと言うほどあるWetminster盤(^^)。
最初にリリースされたのは、初期盤LPから復刻されたPioneer盤だった。LPの場合、どうしてもその盤質のばらつき、溝を切るときの不安定さで、そのLPが当たりかどうか分からないし、片面でも音やノイズにばらつきがあったりする。このPioneer盤の「ジークフリート牧歌」での復刻は成功していて、なかなか素晴らしい音を聞かせてくれる。
アメリカとイギリスでリリースされたMCA盤は音が違うが、まずDouble Decker盤。聞きにくい音ではなく、実にさわやかだが、やはり幾分ナローレンジだ。Pioneer盤を先に聞いてしまうと、やはり物足りない。
イギリスMCA盤。実に豊かな音のするCD。リヴァーヴを加えているからか、弦楽器の音がきれいで、その豊かさの中に浸っていられる。弦楽器のプルトを増やしたような感じ。録音された音とは若干の違いは感じるが、この豊かな「ジークフリート牧歌」を聞いていると、そんな議論がむなしくなる。一般向けには充分な内容だ。
Victor盤。イギリスMCA盤の直後に聞くと、別の演奏を聞いているような印象にとらわれる。しかし、恐らくこのVictor盤の方が、録音された音としては正しいだろう。もう一種、Vicotorが制作して、ユニヴァーサルから発売された紙ジャケットのCDがある。基本的にはVictor盤と同じはずだが、どういうわけかこの紙ジャケット盤の方が聞いていて美しい。
ドイツ・グラモフォン盤。これはイギリスMCA盤と同じ傾向で、イギリスMCA盤を少し変えただけではないか、と思わせる。豊かな響きで音が拡がり、ゆったりと聞くときには、このドイツ・グラモフォン盤やイギリスMCA盤が相応しいだろう。どこにも音の破綻がなく、Pioneer盤やVictor盤と比べると少し煙ったような音像だが、それでもこの豊かな響きは素晴らしい。
小生、Pineer盤が音としては一番好きなのだが、リファレンスとしては、Victor-Universalの紙ジャケット盤にすることにした。
今までモノラルで聞いてきたのが、ステレオになって、より美しくクナの表情豊かな音楽を聞ける。広い空間でのライヴ録音であった1962年1月6日盤に比べて、テンポは少し早めで、より自然な音楽を聞くことができる。同じスタジオ録音であった1955年DECCA盤に比べて、クナのスケールと自然さはより増している。しかも、響きが柔らかく、ミュンヘン・フィルはウィーン・フィルほどその響きはチャーミングではないものの、実によく、クナの強弱の付け方、フレージングにフレキシブルに対応している。
哀しくなるような美しい演奏と言ってもいいほど、その響きは透徹し、しかも表情が優しい。「ジークフリート牧歌」から、希有の美しさを引きだしていると言っても過言ではないほどだ。ワーグナーがこの楽曲に込めた優しさやユーモアが、これほど微に入って美しく再現された演奏も希だろう。
密やかな箇所からダイナミックな箇所まで、息が止まりそうになるほど、美しい表現が随所で聞ける。クナの「ジークフリート牧歌」は是非盤の嵐だが、これこそ「ジークフリート牧歌」では第一に推薦すべき演奏録音だと言える。柔らかく、美しく、そしてスケールが大きい。
これまで聞いてきた中で、最も豊かに聞こえるのに、そのタイミングでは一番早いということは面白い。
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(rec.1963/5/21 L)
Disques Refrain/DR-920026(Pirate)
Hosanna/HOS-01(Pirate-CDR)
Disques Refrain盤もHosanna盤も、その映像から音だけを抜き出してCD化(もしくはCDR化)されたものかもしれない。ただ、レオノーレ序曲第3番のように、テレビ音源とラジオ音源両方の録音が存在する場合もあるので、ヴィデオからの収録だ、と断言することはできない。
Diques Refrain盤。少し情けなくなるようなレンジの狭い音。ヴィデオ・テープから子テープに収録され、それをCD化したもののようで音の暴れはないが、Westminster盤を聞くと、物理的な音として、多少物足りない感はぬぐえない。
海賊CDRであるHosanna盤はDiques Refrain盤と同じ音。恐らく、Disques Refrain盤のデジタルコピーだろう。音の欠落する箇所も同じだった。
冒頭から、寂寥感をたたえたような音色だ。ウィーン・フィルはさらにチャーミングで哀しくなるような響きで、最晩年のクナの指揮で演奏を行ってゆく。かけがえのない大切な演奏である印象を受ける。
これは、クナの生涯を小生が先に知ってしまっているからではないだろう。オーケストラの響きは親密で密やかで、この大指揮者の棒にフレキシブルに対応する。
恐らく、この録音の時には、あまりリハーサルはしなかったものと思われるが、ウィーン・フィルはクナの響きを充分に知っている。細かなフレージングの動きは、たまらなくなるほどの美しさだ。クナのバランスの取り方と、オーケストラのチャーミングな響きが、自然で幸せな形で結びつき、実現されている。まるで、クナとオーケストラの親密な交歓を聞いているような演奏だ。ひとつひとつのフレーズに意味があり、その意味が素晴らしく純化されているかのような印象だ。
この演奏記録もまた、希有な体験を聞き手にさせてくれる。時折聞かせてくれる、第1ヴァイオリンのポルタメントの美しいこと!
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(rec.1963/3/24 L)
Arkadia/CDGI 730.1(Italy)
Tahra/TAH 132-135(France)4CDs
Tahra盤。Arkadia盤に比べて、源音源の劣化が盛大で、ピアニシモで音が途切れ、高域がノイズ・リダクションのためかバッサリやられている。Arkadia盤に比べて迫力はかなりあるので、こっちの方がいいような気もするが、楽曲を聞く上でマイナス面が大きい。
ナロー・レンジながら、Arkadia盤をリファレンスにすることにした。
クナ最後の「ジークフリート牧歌」。驚くべきスケールの大きさだ。プルトも数が多いようだ。リファレンスにしたArkadia盤に、Tahra盤の迫力があればなあ、と無い物ねだりに思えてしまうが、クナはゆったりと「ジークフリート牧歌」を開始し、ワーグナーの家庭的な幸福を描いた音楽であることをそっちのけで、楽曲の持つ力を明らかにしてゆく。
そのゆったりしたテンポの中で、うねるように、ドラマティックに、「ジークフリート牧歌」は進行してゆく。ウィーン・フィルとの1963年5月21日盤は、そのオーケストラの音色が哀しくなるほど美しかったが、NDRとの演奏では、そのフレージングが悲劇味を帯びて響く。まるで、回顧しているドラマのようだ。クナの、これまでの「ジークフリート牧歌」では聞けなかったような切迫したドラマが展開する。ウィーン・フィルよりもニュートラルなNDRは、クナのテンポとフレージングに色づけせず対応しているからか。
楽しげで、優しいフレーズの中から、哀しみがにじみ出てくるような演奏になっている。オーボエが間違って出てしまう箇所もあるが、演奏全体の中ではあまり気にならなかったりする。ウィーン・フィルの音色やフレージングに比べてチャーミングさはないが、NDRのがっしりとした音色としっかりしたフレージングは、時折顔を覗かせる楽劇の動機をしっかりと聞かせてくれる。親密感よりも、凄みを持った演奏と言えばいいか。ダイナミック・レンジも振幅が大きい。
演奏内容の凄さからすると是非盤だが、Arkadia盤もTahra盤も音に不満が大きく残ってしまう。もう少しマシな音で、どこかのレーベルが復刻してくれないものか。
試しに、他の指揮者の「ジークフリート牧歌」も聞いてみた。
スタジオ録音でのクレンペラー盤(1961/10、EMI/7243 5 67036 2 9)の美しさには驚きたまげた。両翼配置の録音が、実に心地よく左右に拡がる。プルトを極端に減らしたフィルハーモニアの室内楽的な響きの美しさはたとえようがない(クレンペラー盤はオリジナル版だそうである。他に、ショルティ盤、ブーレーズ盤がある。ブーレーズ盤は確か棚にあったはずだ(^^;。聞き直そう・・・(^^;;;;。Thanks 吉田真さん)。ワーグナー家の親密な時間の共有というより、より楽曲の本質に迫る優れた演奏が聞ける。クレンペラーのロマンティックな面が、実に良い方向で出た演奏。掛け値なしの名演!
カラヤンに、ウィーン・フィルとの1987年のザルツブルク音楽祭でのライヴが残されている(Deutsche Grammophon/423 613-2)。これは「ジークフリート牧歌」の割に、かなり大規模なオーケストラで演奏したもの。オーケストラの音がかなり重く、シンフォニックに鳴り響き、まるで交響詩のように聞こえる。それでも、ボリュームはあるものの、綾のようなオーケストラの響きが美しく、これはある意味での名演だろうが、トリープシェンでの平和な光景の音楽には聞こえない。
フルトヴェングラーの1949年盤(Toshiba EMI/CC33-3387)。さすがにカラヤンとは一線を画す精妙さで、フルトヴェングラーの演奏の性質そのもののようだ。フレーズが盛り上がる毎にアッチェランドがかかり、フレーズの集積というより、ひとつの楽曲の表現として収斂してゆく。途中からもの凄いアッチェランドがかかり、音楽が性急に盛り上がってしまうのはいささかだが・・・。「ジークフリート牧歌」を面白く聞かせてくれる演出としては、実に劇的で優れている。
チェリビダッケのミュンヘン・フィルとのEMI盤(1993/2/3&4、EMI/7243 5 56524 2 3)。テンポが遅くて、ゆったり進行するが、クナのような呼吸感には乏しく、強弱記号などはあまり重視されていないように聞こえる。オーケストラの響きそのものは極めて精妙だ。カラヤンとはベクトルはまったく異なるものの、やはり交響詩のように聞こえる。
レヴァインのベルリン・フィルとのドイツ・グラモフォン盤(1991/10、Deutsche Grammophon/435 883-2)。さすがレヴァインだけあって、ワーグナーを消化しているという印象。響きが分厚く、温かい。前半はうっとりするような「ジークフリート牧歌」が聞ける。ジークフリートの動機や、その他さまざまな楽劇からの音楽が聞こえてくると、みなそれらしく響く。ちょっと大げさか。後半はやはりかなりアッチェランドをかけて盛り上げてしまい、いただけない部分はある。全体的にはやはり交響詩的で、そのアゴーギグやフレージングなどいささか人工的だ。しかし、なぜみんな「ジークフリート牧歌」を劇的に演奏したがるんだろう?
クーベリックのドイツ・グラモフォン盤も美しい(1963/2、Deutsche Grammophon/POCG-91021)。シンフォニックだが、極めて自然な各フレーズの表情を聞くことができる。オーケストラもベルリン・フィルだけあって、滅法うまい。ただ、後半部はやはり尻軽な「ジークフリート牧歌」になってしまう。
ガヴァッゼーニ盤(1993/3/19、Ermitage/ERM 425-2 DDD)が出てきたので、聞いてみた。オーケストラは、Orchestra Sinfonica Dell'Emilia-Romagna "Arturo Toscanini"という長い名前が付いている。これがなかなか素晴らしい。器用な響きではないが、その楽曲の捉え方には好感が持てる。大げさになりすぎず、「ジークフリート牧歌」の本来持つ親密感をしっかりと聞くことができる。ワーグナーの仕組んだ遊びやユーモアも健在だ。さまざまな「ジークフリート牧歌」を聞いてきた中で、ガヴァッゼーニ盤はオーケストラの精度はイマイチながら、クナの演奏群とクレンペラー盤を除くと最も印象が良かった。
他にも、パレー盤(Mercury/434 383-2)、マルケヴィッチ盤(ソヴィエト・ライヴ Jimmy Classics/OM 02-132)、てな、あまり一般的ではないと思えるCDが見つかったので、取りあえず聞いてみた。それぞれに個性的な録音で面白かったが、クナのフレージングや自然さを聞いてしまうと、やはり違和感が残る演奏が多かった。
「ジークフリート牧歌」の優れた演奏録音として、クナの1955年DECCA盤、1962年Westminster盤、それにクレンペラーのEMI盤を挙げればいいか。できれば、ガヴァッゼーニ盤も一聴に値する。本当なら、クナは全て是非盤だが・・・(^^;。
| 参 考 |

Otto Klemperer
Philharmonia Orchestra
(rec.1961/1 S)
EMI/7243 5 67036 2 9(England)2CDs

Gianandrea Gavazzeni
Orchestra Sinfonica Dell'Emilia-Romagna "Arturo Toscanini"
(rec.1993/3/19 L)
Ermitage/ERM 425-2(Italy)


















