クナを聞く 第101回
ワーグナー編その10 「ヴェーゼンドンクの歌
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Kirstin Flagstad(S)
Wiener Philharmoniler
(rec.1956/6 S)
King Record/KICC-2106(Japan)
PolyGram/448 150-2(USA)5CDs
Universal/468 486-2(Germany)
ところが、ブラジル皇帝ドン・ペドロから要請があり(ワーグナーが売り込んだのだろうが)、手っ取り早く金になるオペラを書こうと、ワーグナーは「ニーベルングの指環」の作曲を中断、「トリスタンとイゾルデ」の作曲にとりかかる。結局、ブラジル皇帝は、いつまでも完成しないし、膨大になって行く「トリスタンとイゾルデ」に業を煮やし、その要請を撤回してしまう。
オットー・ヴェーゼンドンクには、マティルデという妻がいた。ところが、ワーグナーはそのマティルデと懇ろになってしまう。このあたり、現代的にワーグナーが間男した、と捉えると失敗する。当時のヨーロッパ貴族や富豪の考え方、生活に対する思想など、現代の小市民的な感覚のそれではない。マティルデの夫は、それほどワーグナーに怒りの炎を燃やして、ワーグナーを屋敷からたたき出した、という訳ではないからだ。ワーグナーは、マティルデを伴って旅行までしている。
しかし、ミンナの激しい嫉妬と、オットー・ヴェーゼンドンクのスキャンダルを恐れる気持ちからか、ワーグナーはヴェーゼンドンクの庇護から、イタリアへのさらなる流浪を余儀なくされる。「トリスタンとイゾルデ」は、結局、イタリアで完成された。
マティルデの誕生日に送るため、ワーグナーはマティルデの詩に曲を付けた。それが、「ヴェーゼンドンクの歌」だ。元々はピアノ伴奏で作曲され、その中の「夢」はワーグナー自身の室内楽編曲版があるそうだが(マティルデの誕生日には、その室内楽版が演奏されたのだそうだ)、現在聞かれるオーケストラ伴奏版は、指揮者フェリックス・モットルが編曲した(第1曲から第4曲までがモットル、第5曲の「夢」はワーグナーの編曲だそうである=Thanks 吉田真さん)。
マティルデの詩に関しては、富豪の妻が書いた詩(むろん、結婚前に書いたということも考えられるが)にしては多分に高踏的でなかなか難しい。その詩の内容に、もしかしたら夫ヴェーゼンドンクは妻をもてあましていたのではないか、と想像をたくましくできる。
とにかく、マティルデ・ヴェーゼンドンクの詩は、ワーグナーが素敵な音楽を付けることで後代まで残ることになった。
クナとフラグスタートの共演したCDの手持ちは3種類。他にもあると思うが、確認できなかった。プロデューサーはジョン・カルショウが担当した。
まず、日本のKing Rcocrd盤。懐かしいDECCAの音がステレオで拡がる。当時のDECCAの音は独特で、CDになっても変わらない。なかなか素晴らしいが、響きはかなりデッドだ。
アメリカでリリースされた"Great Voice of the 50s"の中の1枚。king Reccord盤のベールを1枚剥がしたような音。King Record盤にあったようなデッドで頭打ちのような感じはしない。倍音成分もしっかりと聞くことができる。
DECCAのLegends盤。"Great Voice of the 50s"に少し柔らかみを加えたような音。粒立ちも良く、"Great Voice of the 50s"も良かったが、こちらもまた良かった。
"Great Voice of the 50s"でも、Legends盤でもいいような感じだ。小生は、"Great Voice of the 50s"をリファレンスにして聞くことにした。
クナの伴奏指揮をした「ヴェーゼンドンクの歌」も、もちろんオーケストレーションはモットル版だ。
フラグスタートの歌は、小生元々歌曲のいい聞き手とは言えないし、フラグスタートのファンでもなかったので、最初なかなか馴染めなかったのだが、他の歌手の歌唱を聞き、またクナとの録音に舞い戻るような聴き方をしてゆく内に、ヴェーゼンドンクの歌全曲ではないものの、ようやくその歌唱の凄みを理解できるようになった。フラグスタートには、ジェラルド・ムーアのピアノによる「ヴェーゼンドンクの歌」も残されているそうだが、小生は未聴。
なお、ヴェーゼンドンクの歌の題名や詩の訳に関しては、KIng Record盤の渡辺譲氏のものを参考にした。
天使
幼い頃に夢見ていた存在の天使が、今自分の心を救ってくれた、という内容の詩。柔らかで夢を見ているようで、どこか痛みを伴うような音楽。
フラグスタートの発声法やブレスの位置が気にならないではないが、考えてみたらこの録音の当時、フラグスタートは既に60歳を越えていた。考えたら致し方のないところだが、その声の柔らかさとスケール感は健在だ。クナの柔らかでいて透明感のある管弦楽共々、「天使」から、「ヴェーゼンドンクの歌」の夢幻的で見事な世界に連れ込まれる。
クレンペラー盤(EMI)と聞き比べてみたが、管弦楽のはかなげな美しさは、クナ盤ではたとえようがないほど素晴らしい。優しさと哀しみに彩られたような、柔らかで豊かな水彩画のような色彩が「ヴェーゼンドンクの歌」全曲を充たしている。その愛情のこもった響きは実に素晴らしい。
とまれ
万物の創造よ、今すぐ止まれ!自分の至福の時を過ごしたいから・・・、という多少意味深長な詩。息せき切るような、叫ぶような前半と、ゆったりとした後半とに分かれる。最後は、その悦びが至福へと導かれた後、自然を認識すると歌う。
クレンペラーのEMIスタジオ録音のクリスタ・ルートウィッヒの歌唱に比べると、自然さは後退していて、やたら声を張り上げるフラグスタートの歌声が耳についてしまう。
途中、"Daß in selig süßem Vergessen Ich mög' alle Wonne ermessen!(願望の永遠に続く白日よ、去れ!)"から楽曲は落ち着きだし、どこかワーグナーの楽劇を思わせる(特に「ワルキューレ」か)音楽になり、落ち着いた雰囲気になる。
聞き物はやはり管弦楽で、前半からしっとりとしている。後半はより湿感を増し、フラグスタートの伴奏として、見事なフレージングと管弦楽のバランスを聞かせる。管弦楽の意味深さはさすがである。
温室にて
温室の中で、異国からきた植物の悲しみをいたわるような詩。温室の中で生い茂り、さまざまな木々に巻き付いている植物の悲哀だが、ヴェーゼンドンク家に嫁いできた自分の境遇を歌った歌なのかも知れない。その場違いな場に居続けなければならない境遇を嘆いているのかも知れないが、詩の成立事情がよく分からない。音楽は、後年のマーラーの歌曲を先取りしたかのような、暗鬱で夢幻的な雰囲気が支配する。モットルの管弦楽版が、よりその湿った情感を盛り上げる。
凄い名曲の名演である。クナとフラグスタートの「ヴェーゼンドンクの歌」は、この「温室にて」だけでも、充分な存在感と優れた演奏記録を聞くことができる。この曲だけは、他のどの演奏よりも素晴らしかった。
音楽は微熱を伴ったような朦朧とした管弦楽、歌唱で始まり、その感覚は最後まで失われない。クナの最初の哀しみのこもった管弦楽の透明感から、すでに素晴らしい。フラグスタートの歌唱に絡みつくようなソロヴァイオリンのはかなげさ、そして、寄せては返す波のような悲哀の感情が素晴らしい。全ての楽器が埋没することなく、悲哀の断片となって自分の存在を主張しているかのようだ。どこか病的で哀しい音楽だ。クナの透明感と細部まで神経を行き届かせた音楽は、管弦楽はその微熱を聞き手に伝染させるような力を持っている。フラグスタートの真情のこもった歌唱も見事だ。まるで、ジークリンデかブリュンヒルデが温室に降りたって、その運命のはかなさを嘆いているかのようで、実に美しい音楽、演奏だった。
見事!
ただ、管弦楽の最後で、モノラルのようになってしまうのは残念。
悩み
苦しみや悩みの後に、喜びを生み出すのなら、どうして自分の悩みを嘆いていられよう、という内容の詩が、日没にたとえて歌われる。音楽はその日没の雄大な情景描写から始まり、悩みや苦しみを経て、悟りの決意へと向かう様が描かれる。
最初の管弦楽の何とも言えない拡がりは、落日の太陽が海に沈んでゆくかのような優れた情景的な音楽になっている。歌詞は甘美な懊悩の様子を描き出し、クナの愛情豊かな管弦楽を聞くことができる。
クナの管弦楽は最初からスケールが大きい。フラグスタートは声を必要以上に張り上げる箇所があのは多少興醒めだが、クナの落ち着いた管弦楽が、豊かに背後に拡がっているだけで、その素晴らしさを感じ取ることができる。クナの透明で拡がり感のある管弦楽は最後まで持続する。
夢
素晴らしい夢は無の中に消えてしまわない。その素晴らしい夢をわたしは忘れない。その夢をあなたに託し、墓の中に沈み込んで行く・・・という、静かで緩やかな音楽が付けられているが、狂おしいばかりの愛の告白の詩のようだ。
「ヴェーゼンドンクの歌」では「温室にて」と双璧をなす素晴らしい音楽が聞ける。フラグスタートは、「温室にて」や「夢」のようなゆったりとした音楽で、その録音時の年齢を感じさせないしっとりとした、柔らかな歌声を聞かせてくれる。「夢」は、幸福な夢を見たという暖かさに溢れてた詩と音楽が特徴だが、クナの微的で透明な管弦楽が実に魅力的に、「夢」のたゆたうような最後までを導いてくれる。
クナの管弦楽は、嬉しい夢を見た心のざわめきを見事に音化してゆく。そして、柔らかくフラグスタートの歌声を包み込んでゆく。低域から高域までのバランスが実に見事で、透明感がありながら、厚みを充分に感じさせる。最後は、エロティックな期待感とその心の喜びが聞ける。
ようやく、「クナを聞く ワーグナー編」が終わった(^^;。かなり、長期間のログ作成になってしまった。もっと早く作成したいのは当然だが、いかんせんログを作成できる実時間がいかにも少ない←言い訳だな・・・(^^;;;;。
ワーグナーの次は、ブルックナーが待っている。ブルックナー・ファンには論客が多いため、浅学の小生はそれだけでもう「クナを聞く」をたたもうか・・・と弱気になってしまう。
が、始めたものは最後までけじめをつけなければならない(-_-;)。気長に、あまり論難しないでお付き合いくださいね(←さらに弱気)。実は、テンシュテットを聞く 禁断部屋では既にブルックナーをおっぱじめているのだが(^^;。
何はともあれ、次回、ブルックナー:交響曲第3番から始める。


