クナを聞く 第103回
ブルックナー編その1−2 交響曲第3番
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(rec.1954/04/01-03 S)
Testament/SBT 1339(England)...Reference
King Record/KICC-2100(Japan)
King Record/K35Y 1013(Japan)
Palladio/PD 4111(Italy)
スタジオ録音としてクナ盤はモノラルであり、やはりこのような曲ではステレオの方が有利だ。小生、手持ちのブルックナー:交響曲第3番のCDは案外少ないが、試しに聞いたヨッフム&バイエルン放送交響楽団(Deutche Grammophon)の旧全集の録音が実に素晴らしかった。他には、テンシュテット:禁断の部屋 その13でも同曲を取りあげているので、参考にしていただきたい。
他では、第1稿でNAXOSのティントナー盤があまりにも聞くのが辛かったので、インバル盤(Teldec)を聞いてみた。このインバルの第1稿による録音は滅法面白かった。他の曲ではあまりそうは感じないが、こと交響曲第3番に関しては、第1稿が最も好ましかった。それにしても第1稿はやはり長い(^^;。第3番自体、ブルックナーの幸福な宗教告白が纏綿と続いてゆく音楽なので、この長さが必要だったのかも知れない。「天国的に長い」シューベルトの交響曲第9(8)番「ザ・グレート」と同様、天上世界に想いを馳せるブルックナーの音楽としては、第1稿の長さは相応しい。
ブルックナーは時代の寵児になりつつあるワーグナーに媚びを売った。ワーグナーは「オーストリアの田舎者の音楽」と蔑みながらも、自分へ献呈された自作のオペラの引用を含むブルックナー:交響曲第3番を「これは演奏されなければならない」と持ち上げた(献呈の際、交響曲第2番か第3番どちらがいいか、ブルックナーはワーグナーにお伺いを立てている)。最初、有頂天になったブルックナーだが、版の改訂を重ねるうちに、ワーグナーのオペラからの引用を削除してしまった。削除することによって、あるいは他の部分も大幅に改訂することによって、のんびりと「天上の世界」を散策する趣のある交響曲第3番は、より、緊密な響きのする交響曲になった。ブルックナーが交響曲第3番の最終校訂を行ったのは、交響曲第9番の作曲当時だ。ブルックナーの自作にかける思いのようなものが第3稿から聞こえてくるのはそのためか。
小生はブルックナーを聞き始めた最初から、ワーグナーの描く音響世界と、ブルックナーの描く音響世界はまったく別物と考えている。響きがいかに似ていようが、音楽を通して描きたかった世界はまったく異なる。ブルックナーはワーグナーの弟子ではないし、ましてやその世界を同軸に考えてもいなかった。
巷間、ワーグナーとブルックナーは同じくくりに入れられることが多いが、まるで異なる世界観を有した音楽だと捉えた方が正解である。
クナのブルックナー:交響曲第3番のレコードは、メジャー・レーベルがリリースした同曲では最初期の録音だろう。一番最初にリリースされた録音かも知れない。今でこそブルックナー:交響曲第3番のCDは掃いて捨てるほどあるが、このLPが発売された1954年当時は、レコード会社にとっても冒険だったに違いない。小生の記憶では1968から1969年当時、交響曲第3番のLPは、ドイツ・グラモフォンのヨッフム&バイエルン放送交響楽団盤くらいしかレコード屋の店頭にはなく(録音は1967年とある)、ベーム&ウィーン・フィル盤がリリースされたのは1970年頃だ。まだまだ、ブルックナーが一般化していない頃だ。小生は、ベーム盤を聞いたのが、第3番では最初だった。手元に、ブルックナー:ディスコグラフィがないので、他にも出ていたかどうか分からないが、ブルックナーを聞くということでは、まだ世間は成熟していなかった。
おそらく、ヨッフムやベームが録音するはるか前、クナが同曲をDECCAに録音した1954年当時は、ナチ時代のブルックナーに対する悪い思い出がまだくすぶっている頃であり、愛好者は今よりももっと限定されたいたと考えられる。
小生の交響曲第3番のフェバリッツは、今のところヨッフムの旧盤、インバルの第1稿を除くと、巷間あまり評判の良くないシューリヒト&ウィーン・フィル盤(EMI)である(^^)。
なお、今回のログではTestament盤をリファレンスにして聞いた。
クナの1954年Decca録音でのテンポはそれほど遅くない。けっこうテンポは速い。そのテンポが段々とリタルダンドしてゆき、巨大なクレッシェンドが波をかぶせるように31小節からのフォルテシモでまずそのエネルギーを解放する。この練習番号Aからの咆哮は幾分通俗的で気恥ずかしくなるようなメロディだが、クナはそのエネルギーをより大きく解放する。テンシュテットでもそうだが、このエネルギーを適切に解放しないと、ブルックナーの交響曲としてはメリハリのないものになってしまう。最終改訂版は、第1稿のような大空に浮かぶ雲をどこまでも散策してゆく・・・という趣からは遠くなってしまったが、それでも、クナはブルックナーのヴィジョンを、かなり即物的に描いてゆく。
ウィーン・フィルの響きは、最近の同楽団のようではなく、もの凄く質朴で人なつっこい。現在の方が演奏技術としては上だろうが、やはり、ウィーン・フィルにはこの音を期待してしまう(^^;。
何回かのクライマックスの後、101小節からの弦楽器によるメロディの歌わせ方は、さすがにクナで、実に愛情がこもっている。109小節からのメロディもそうで、スタジオ録音では幾分ぶっきらぼうに聞こえるものの、やはり、クナの描くブルックナーは愛情が豊かだ。そして、細部までしっかりと意志を持って演奏される。
また、木管楽器の質朴な響きが独特で、しかも味わいがあり、それが大きな魅力になっている。ところどころリタルダンドをかけながらも、クナはテンポをそれほど落とさず、規範的とも言えるテンポを貫いてゆく。33小節からのしっかりとした弦楽器の刻み方、341小節からの金管楽器による最初威嚇的で、徐々に神の声のように神々しくなってゆき、さらに高みへと昇ってゆくようなフレーズの自然さと素晴らしさは、クナならではの醍醐味だろう。405小節の味わい深いメロディから、冒頭のフレーズへと帰ってゆく。クナのブルックナーは、金管などの即物的な咆哮もむろん聞き物だが、弦楽器主体のメロディや、それを彩る木管が実に美しい。その愛情のこもった弦楽器の厚みのある音は、さすがにクナはブルックナーに愛情を持って接していたのだなと理解できる。
第1楽章の演奏としては、他の指揮者による最近の演奏の方が、機能的に勝って聞こえるのは仕方ないことだし、モノラルというのはやはり不利だ。
しかし、そのマイナス面を差し引いてもなお、クナの強奏でギクシャク気味に聞こえるブルックナーには、ブルックナーの原点を聞かされているように感じる。
第2楽章は、その楽章の性格を、最初のフレーズから明らかにしたような演奏。平和な気分が支配し、その平和な光景への愛情がひしひしと伝わるような重さを獲得している。29小節から始まる魅力的なメロディはやがて、41小節からの天上的な音楽へと進んでゆく。クナは小細工をせずに、その美しさを描いてゆく。57小節からの清流をはやのような動き、いきなり左右に向きを変えて静かに泳ぐようなメロディを、クナとウィーン・フィルは美しく描いてゆく。
そして、天上世界にいることの感動と、厳格な神の摂理、その光景の美しさ、愛おしさを、驚くほどの質の高い演奏で聞かせてくれる。
170小節で、揺るぎない勝利への賛歌が始まり、音楽はブルックナー特有のどこまでも上昇してゆくような音楽に変わる。194小節からの金管楽器によるファンファーレは気恥ずかしくなるほど、そのメロディは通俗的だが、やがて音楽は静けさと平穏な感情に戻り、揺るぎない天上世界の感動が奏でられ、音楽は静かに終わる。
第3楽章も、見事な演奏である。最初威嚇するようなスケルツォだが、徐々に楽しげになって行き、61小節から魅力的なメロディが顔を覗かせ、再び冒頭部分に戻る。重い音楽だが、重いだけではなく、その表情の裏側にあるものは実に楽しげだ。
第3楽章で見事なのは、やはりトリオに入ってからの演奏だろう。クナの創り出すトリオの響きは、ギクシャクして聞こえるのにもの凄くチャーミングだ。そのギクシャクさが、ブルックナーの愛情豊かなユーモアに聞こえる。
スケルツォ冒頭に帰り、ティンパニーがドロドロとなり、金管が咆哮する凄まじい響きなのだが、威嚇的なだけに終わらない素晴らしい第3楽章を聞ける。
明るい陽光に照らされながら、湧き水が吹き出し、奔流のようになってゆく第4楽章冒頭。クナはしっかりと弦楽器を刻ませる。65小節から、ブルックナーにしてはどこか子守歌のような愛らしいメロディが奏でられる。クナの管弦楽のバランスは独特で、その愛情豊かなメロディをしっかりと際立たせる。どこか、141小節からは、ブルックナー風の質朴な舞踏曲のようだ。
155小節から、唐突に曲想が変わるのかと思いきや、平和で清浄な世界が、少し陰を含んだようなメロディで展開する。185小節から、まるで弦楽器と金管楽器がずれたエコーのようになる。クナの曲想変化は、その唐突さを変に真綿でくるんだりしない。矛盾を矛盾として提示し、なおその曲想変化の意味を失わない。音楽は金管の咆哮を伴いながら、フィナーレに向かって驀進するのかと思わせ、333小節で再び静謐になる。弦のピツィカートに支えらた65小節からのメロディが回想され、やがて思い返したように金管の咆哮がぶり返し、さまざまなフレーズを鳴り響かせながら終結部を迎える。
ブルックナー:交響曲第3番は、言葉にするとその意味が逃げてゆきそうだが、第1楽章から第4楽章まで、比較的明るい曲想が続き、ブルックナーの肯定的な精神が横溢していると言ってもいいだろう。
クナは、このスタジオ録音では多少ぶっきらぼうながら、確実に明るい色彩で彩られたブルックナー:交響曲第3番のメッセージを聞かせてくれる。
モノラルではあっても、クナのブルックナー:交響曲第3番のスタジオ録音は、シューリヒト盤と同じように、規範のような世界を楽しませてくれていると思う。
次回は、1954年バイエルン州立管弦楽団とのライヴを取りあげる。



