クナを聞く 第129回
ヨハン・シュトラウスU世1−2 1928年録音
1928/2 Orchester der Staatsoper,Berlin
Accelerationen Waltz Op.234
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Green Door/GDCS-0007(Japan)
Maestro Energico/205229(Italy)
Preiser/90236(Austria)
Tahra/TAH 358-361(France)4CDs
Wing/WCD10(Japan)
Danauweibchen Waltz Op.427
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Preiser/90236(Austria)
Tahra/TAH 358-361(France)4CDs
Wing/WCD10(Japan)
Freut euch des Lebens Waltz Op.340
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Maestro Energico/205229(Italy)
Preiser/90236(Austria)
Tahra/TAH 358-361(France)4CDs
Wing/WCD10(Japan)
G'schichten aus dem Wienerwald Waltz Op.325
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Green Door/GDCS-0007(Japan)
Maestro Energico/205229(Italy)
Preiser/90236(Austria)
Tahra/TAH 358-361(France)4CDs
Wing/WCD10(Japan)
Die Fledermous Ouvertüre
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Maestro Energico/205229(Italy)
Preiser/90236(Austria)
Tahra/TAH 358-361(France)4CDs
Wing/WCD10(Japan)
- 加速度ワルツ(Electrola)
- ワルツ「ドナウの精」(HMV)
- ワルツ「人生の歓び」(HMV)
- ワルツ「ウィーンの森の物語」(Electrola)
- 歌劇「こうもり」序曲(Odeon)
- Archiphon/ARC-110/111(Austria)2CDs
「ドナウの精」は収録されていない。4曲が収録されている。低域がかなり強調された音だが、バランスは悪くない。ほんの少しステレオ・プレゼンスがあり、馥郁とした雰囲気が味わえる。小生、このArchiphon盤は好きだ。クナの演奏に独特の人なつっこいメロディが豊かに味わえる。 - Green Door/GDCS-0007(Japan)
1928年録音では、「加速度ワルツ」と「ウィーンの森の物語」を収録。Archiphon盤やPreiser盤に比べると、小振りでスケール感はない。かなり高域が強調され、聞くのが辛い。クレデンザってこんな音だっけ?と思わせる音。古くさい録音を、より古くさく聞かされているような印象。CD化に際しての録音方法に問題を感じる。 - Maestro Energico/205229(Italy)
現Membranがリリースした歴史的録音10枚組。クナのボックスには「Maestro Energico」と題名がつけられている。XXMM(20th Century Maestros)が当時の正式なシリーズ名か。それぞれのボックスで表記が微妙に異なる。ボックスには「ドキュメント」と日本語でも印刷してある。この廉価盤がなかなか健闘していて、ノイズもうまく処理してあり、かなり聞きやすい。緩やかなステレオプレゼンスがある。 - Preiser/90236(Austria)
SP特有のノイズは盛大だが、Dレンジ、Fレンジともかなりよい。ノイズもうまく処理してあり、楽音を聞くための妨げにはならない。弦楽器も艶やかだ。 - Tahra/TAH 358-361(France)4CDs
4枚のCDに往年の指揮者のヨハン・シュトラウスの楽曲が収録されている。曲目ごとにまとめられていて、例えば「加速度」ではクナの前にエーリッヒ・クライバー指揮ベルリン・フィルのテレフンケンへの録音(rec.1932)が収録されていたりする。Preiser盤とほぼ同じクオリティで、聞き難さは全くなく、しっかりと楽曲が聴ける。かなり聞きやすい音でまとめられている。「コウモリ」序曲は収録されていない。 - Wing/WCD10(Japan)
日本で制作された。ノイズが盛大で弱音の時は聞くのがかなり辛いが、楽音そのものはバランスがよく、少しこもり気味ながら、なかなか柔らかな音でクナの若い時の録音を楽しむことができる。ただ、ノイズが盛大なのはいかんともしがたく、「人生の歓び」では、ノイズを聞いているのか楽曲を聞いているのか分からなくなってしまう。
小生はPreiser盤をリファレンスにして聞くことにした。
クナの面白さは、その表題の意味にまったく拘泥していないことだ。さまざまな指揮者のヨハン・シュトラウスを聞いてみたが、クナの演奏は独特で、誰の演奏にも似ていない。
例えば「加速度ワルツ」は蒸気機関の加速する様からヒントを得て作曲されているが、クナの1928年の「加速度ワルツ」から、蒸気機関を連想させるにはかなり無理がある。もし、蒸気機関車だとしたら、かなり小さなおもちゃのような列車を連想させてしまう(むろん、ヨハン・シュトラウスの時代の蒸気機関車は小さかったろうが)。その作曲でヒントにはお構いなしに、馥郁として香り立つような、柔らかで魅惑的なワルツを奏でてゆく。その豊かさとゆったりとした音楽は、まだクナの評価が定まっていたとは言えない1928年の録音からも充分感じ取れる。もっとも、ヨハン・シュトラウスは後年「観光列車」という蒸気機関車そのものを描いたポルカを作曲する。
なお、日本コロンビアからリリースされたロベルト・シュトルツが指揮をしたウィンナ・ワルツ大全集の楽曲解説を保柳健氏が書かれているが、大変参考になった。
ワルツ「ドナウの精」第1ワルツの、のどかでゆったりとした音楽は夢見るようで美しい。元々、オペレッタ「シンプリチウス」に使用されたメロディを編曲されたものだそうで、オペレッタにはドナウ川とは関係なく、「ドナウの精」も出てこないのだそうだ。もの悲しくなるような瞬間もあるが、その全体がまるで平和を享楽しているようで、甘く切なくなるような音楽を形作っている。単純なメロディの繰り返しがまるで揺りかごに揺られている、あるいは穏やかな波間をゆらりゆらりと浮かんでいるかのようだ。第2ワルツで幾分速度の速い舞踏曲になるが、やはりそのメロディのゆったりとのどかな魅力には抗しがたい。クナは1928年の当時から、ウィンナ・ワルツのメロディに生命を吹き込む術を知っていたかのようだ。その魅力はリズムを主体にしたものではなく、徹底してメロディを主体にしているところにあるようだ。とにかく徹底して甘く、柔らかい。
ワルツ「人生の歓び」の最初のティンパニーの音はかなりチャチだが、前奏部から主部に入っての豊かなメロディは伸びやかに自分の人生を振り返るように、幾分の人生の苦みと、その苦みを知り尽くした自信のようなものを感じ取れる。でも、それは題名の読み過ぎか。ヨハン・シュトラウスのワルツやポルカ、行進曲は、そのような読みとは無縁なのかも知れない。第1ワルツではかなり肯定的な気分の(ワルツではあらかた肯定的な気分が支配するが)メロディが魅力的だ。第2ワルツではさらに肯定的な音楽が奏でられるが、クナは単に明るいだけの音楽にしていないのは、若かりし頃とは言え、さすがか。メロディの隅々まですくい取って、その情感を明らかにしてゆくような演奏である。クナのウィンナ・ワルツを聞いていると、夢を見ているような素敵な気分を味わえるが、まさに「リアル」というより、「夢見る時代の、夢の音楽」を聞かされているような気もする。後半部の美しさはとろけるようだ。小生はあまりケーキやお菓子を食べないため、日本でもウィーンのお菓子を食べる機会には乏しいが、クナはその甘い切なさのようなものを表現しているのだろうか?
クナ1928年の「加速度ワルツ」の面白さは、前述の通り、蒸気機関のリアリティとは無縁だ。前奏部こそ蒸気が沸き立ち、気化してゆくかのようだが。主部に入ると、心地よい風が力を強め、また力を蓄えながら舞っているようで、ふくよかで美しい。実際音楽は加速しては元に戻るのだが、その楽しげな様子はファンタジーだ。第2ワルツの夢見るような美しさと人なつっこいメロディの際立たせ方は実に素晴らしい。全編これ優しさと美しさに溢れた演奏とでも言えばいいか。後半部では、どこか、おもちゃ箱からさまざまなおもちゃや人形が繰り出すような、明るい色彩での楽しいファンタジーを感じさせる演奏を味わえる。
クナのワルツ「ウィーンの森の物語」は前奏とレントラー(チターで奏でられる部分)の前奏部をカットし、チターの独奏部(情緒タップリなヴァイオリンが重なるが)から始まる。そのチターの部分の、ゆったりとして哀感を感じさせるメロディの素晴らしさから、ワルツに入ってからもそのメロディを生かした素敵な世界を垣間見させてくれる。本来チターのメロディは、安酒場で流れている貧しい農民のメロディらしいが(「ヨハン・シュトラウス」小宮正安著中公新書による)、ヨハン・シュトラウスはその哀感を見事に楽曲の中で発展させ、鄙びた情緒を市民階級の音楽の中に取り込んでしまった。クナもまた、そのメロディの哀感を生かしながら、明るく夢見るようなファンタジーを聞く者に感じさせる。1928年録音という音の制約も何のその、他のいかなる「ウィーンの森の物語」を凌駕してしまう素敵な音楽を聞かせてくれる。そのテンポの取り方、アゴーギグなど、どこを取ってもメロディを軸に据えた素敵な音楽を聞くことができる。クナのこの「ウィーンの森の物語」を乗り越えるのは、クナ後年の同曲の演奏記録だけである。
歌劇「コウモリ」序曲は、ニュー・イヤー・コンサートでも毎年のように取りあげられ、耳にすることができる。クナの1928年録音はさすがに音の上で古めかしく、現代のハイファイ録音に比べるべくもないが、その音楽の内容に関しては、現代の演奏はクナの演奏の魅力には残念ながら到達し得ていない。その息づくようなメロディの魅力、伸縮し、沸き立つような楽しさは格別である。中間あたりの寂寥感のあるメロディの魅力、そしてその豊かさは大きな魅力を発している。ほんの少しクナの鼻歌が収録されているようで、メロディの膨らみを大切にしたクナの姿を知ることができる。中間部を挟んで、前半部と後半部はテンポは速いが、その人なつっこく魅力的なメロディを堪能することができる。
クナの1928年録音のヨハン・シュトラウスは古めかしい音だが、クナの演奏の特徴は充分うかがい知ることができるし、また、その演奏は魅力的だ。是非、この演奏の魅力とヨハン・シュトラウスの楽曲の、本来の魅力に触れられることを!





