クナを聞く 第138回
ヨハネス・ブラームス1−4 交響曲第2番


1956/10/13 Münchener Philharmoniker

GM 4.0039
K30Y 265
LS 1011
RM 562M
Münchener Pholharmoniker
(rec.1956/10/13 L)

Golden Melodram/GM 4.0039(Croatia)4CDs
King Seven Seas/K30Y 265(Japan)
Living Stage/LS 1011(Italy)
Rare Moth/RM 562M(Japan)
 各CDのデータの混乱ぶりから、どれがどの演奏と同じなのか、なかなか判別がつかない。Golden Melodram盤は1959年ミュンヘン・フィル、King Seven Seas盤は録音日は不明でミュンヘン・フィル、Living Stage盤は1959年ウィーン・フィル、Rare Moth盤は1956年10月13日ミュンヘン・フィルとなっている。どれがいったい正しい?
 実は、海賊CDRのRare Moth盤がデータ的には正しい。クナは1956年10月12日と13日に、ベートーヴェン・交響曲第8番とブラームス:交響曲第2番でプログラムを組んだ。4枚のCDは全て同じ演奏の録音である。音が各CDで少しずつ異なるので、「あれ?違うのかな?」と思って各CDのオーディエンスノイズを追いかけたら4種とも同じだった。なかなか、厄介ではある(^^;。オーディエンスノイズがなかったら、同一演奏であるという確信に至るまで、もっと時間がかかったかも知れない。決定的なのは第1楽章44小節で聞こえる大きな客席のクシャミである。このクシャミは、各CDの音の比較をする時にも役だってくれた(^^)。
 さらに、Hans Knappertsbusch Concert Registerで確認すると、1959年はドレスデンでのブラームス:交響曲第2番の演奏記録はあるが、ミュンヘン・フィルともウィーン・フィルとも、その記録がない。
例によって、各CDの音の比較。
 4盤とも、クナ1956年10月13日のブラームス:交響曲第2番を聞くということでは、どれを聞いてもいいという印象。「正しい音」としては、Rare Moth盤が迫力不足ながら筆頭で、Golden Melodram盤もなかなか素直な音でよい。
 今回は、古いKing Seven Seas/K30Y 265が最も小生の好みに合っていたので、それをリファレンスにすることにした。

第1楽章
 1947年スイス・ロマンド管弦楽団とのDeccaスタジオ録音と、9年間の隔たりがある。最初に書いてしまうと、さすがにライヴ録音のためか、クナの演奏の特徴がモロに出てくる。曲目にもかかわらず緊張感が漂っていて、さらに各フレーズ直前のため方、メロディの再現も納得のできるもので、冒頭から素晴らしい迫力を獲得している。
 テンポは決して遅くはない。むしろ、早いのではないかと感じるところもあるし、メリハリを効かせた演奏なので、ウェルター湖畔の風光明媚な絵はがき音楽というより、かなり激しく情動的な第1楽章になっている。それに、ティンパニーの音がスポイルされていないので、クナの決めの一発が迫力を持って聞くことができる。のどかな感興をもたらす演奏が多い中で、リアリスティックに楽曲の細部を追いかけている感がある。
 469小節以降は、スイス・ロマンド管弦楽団盤ほど粘ってはいないので、その辺りを期待して聞くと肩すかしを食らうが、クナのある種、叙事詩的な第1楽章が聞けた。

第2楽章
 この第2楽章もタップリとした呼吸感はあるが、テンポは遅いとは感じない。極めて適正なテンポ感を持つが、6小節の粘りで12小節からのさらなる粘りを期待してしまうが、それほど粘らず、滔々と音楽は流れてゆく。18小節からのホルンは多少不調だが、音楽そのものは壊していない。
 素晴らしくメロディが際立つのは32小節からだ。弦楽器によるメロディは極めて美しく際立つ。
 音楽は、平和な情景と暗く暗鬱な情景を行きつ戻りつするように浮沈を繰り返すが、クナはその感情の動きをオブラートにくるむようなことはせず、極めて即物的に描いてゆく。メロディを主体とした横の線と、その横の線をしっかりと膨らませるような管弦楽の厚みを聞かせてくれ、音楽から甘さを取り除き、極めてリアリスティックな演奏になっている。ティンパニーのドロドロと盛り上がる音は、人によってはおどろおどろしく聞こえるかも知れない。シューベルト:「未完成」でもそうであったように、クナはブラームス:交響曲第2番第2楽章という、比較的穏やかな印象のある音楽から、非情な暗さを導き出すことに成功している。

第3楽章
 第2楽章の暗さを幾分引きずった、重めの第3楽章だ。オーケストラの音も湿っているように、暗い音色を出している。明るい部分でもその重さは変わらず、耳をそばだたせていると、このチャイコフスキーの「くるみ割り人形」からのいくつかの楽曲を思わせる音楽が、より深みを増して聞こえる。どこか、深い森の静かに暗い色の湖水を湛える湖のようだ。
 クナのアゴーギグは徹底していて、各フレーズの性格とその深度を明らかにしてゆく。今まで、聞いたことのなかったようなブラームス:交響曲第3番の第3楽章である。最後の、リタルダンドは実に美しく、第3楽章の想像だにしなかった深みを知らしめてくれる。

第4楽章
 スタジオ録音と異なり、23小節などの決め打ちのところでクナの足音一発が聞こえる。ティンパニーが喧しいくらいに大活躍し、部分的にはまるでティンパニー協奏曲のようだ(^^;。
 それでも、ここぞとおもえる箇所は、クナのフレージングがしっかりと生きている。録音のせいもあるのか、非常に重い演奏に聞こえるのだが、78小節からのクナならではの、粘りがさらにその重さに重石を乗せたような演奏になっている。
 ただ、むろん重いだけの演奏ではなく(テンポはそれほど遅くはない)、しっかりと決めるところは決め、なにより楽章を貫く横の流れを、細部を積み重ねながら雄大に築き上げてゆくクナの音楽になっている。
 クナの音楽の特徴は、細部を積み上げてゆくかのようにできているのだが、音楽を聞き通すと、積み木のような感覚は感じない。むしろ、その細部をきちんと積み重ねることにより、有機的な音楽の連なりになって聞こえてくる、と言う印象だ。それに、各楽器の価値が等しく、透明感を獲得していると言うところか。ティンパニーが少し喧しいが・・・(^^;;;;。
 すこし、ずれていると感じる箇所は、実はスコアがそうなっている場合が多い。多くの指揮者は、全てにつじつまを合わせようとするが、クナはスコアが持つ矛盾や作曲者のユーモアをそのまま演奏してしまう。その上でより大きなところでつじつまを合わせる。管弦楽も、「表面をなで回して美しくした響き」というより、鉈で切り刻んだような響きだから、「美しくない」と感じる人も多いだろう。
 しかし、この響きこそ、楽曲にリアリティをもたらし、細部の意味を感じさせてくれているのだと思う。

 クナの演奏は、よく「デフォルメの極地」と言われるが、子細にスコアを眺めていると、デフォルメしているのではなく、そのまま演奏しているからそうなった、という感を強くしてしまう。むしろ、響きが美しいブラームスの方が、角を不必要に取りまくり、本来楽曲が持っているはずの凸凹を少なくして、平面的にならしてしまった演奏ではないかと感じてしまうのだった(^^;。

 次回、この演奏録音の5日後、アスコーナで収録されたErmitage(Aura)盤を取りあげる。