クナを聞く 第147回
ヨハネス・ブラームス2−7 交響曲第3番


1958/11/9 Wiener Philharmoniker

4.0039
RM-453-M
Wiener Philharmoniker
(rec.1958/11/9 L)

Golden Melodram/GM4.0039(Croatia)4CDs
Rare Moth/RM 453-M(Pirate)
 この録音の日付がいまだによく分からず、1858年11月8日か9日、いずれかの日の録音だろう。 Golden Melodram盤は1958年ザルツブルグ、Rare Moth盤は1950's Liveとなっていて、混乱してしまう。残念ながら、ザルツブルク音楽祭での演奏記録ではない。ムジーク・フェライン・ザールでの演奏記録だと考えられる。
 同じ演奏で間違いない。冒頭の拍手から、演奏内容まで同一演奏だと分かるが、一番特徴的なのは第1楽章14小節の咳だ。その他にも第1楽章はオーディエンスノイズが多く、追いかけてゆくとGolden Melodram盤とRare Moth盤は同じ録音であることが分かる。1955年7月26日の、同じウィーン・フィルとのザルツブルクでの演奏録音とも比較してみたが、明らかに違う演奏録音だった。
 クナはウィーン・フィルと1958年11月8日と9日に、ウィーンで同じ曲目で指揮をしている。曲目はハイドン:交響曲第88番、ベルガー:「ロンディーノ・ジョコーソ」、R・シュトラウス:「死と変容」、ブラームス:交響曲第3番で、8日と9日の後、ウィーン・フィルと演奏旅行に出かけ、同じ演目を13日ベルン、14日チューリッヒ、18日パリ(R・シュトラウスの演目は、セナ・ユリナッチとの「最後の4つの歌」に変更されている)、27日ザルツブルク、28日バーゼル、30日ボーゼン(ブラームス:交響曲第3番は、ベートーヴェン:交響曲第5番に変更されている)と回っている。もしかすると、27日のザルツブルクでの録音とも考えられないことはないが、ベルガー:「ロンディーノ・ジョコーソ」は、ORFで11月8日の演奏が録音され、AKMから正規リリースされた。このような録音では全ての曲目が同じ日の録音と考えるのが普通だが、詳細は不明だ。「ロンディーノ・ジョコーソ」は8日のゲネプロで録られ、その他は9日に録音されたとも考えられるからだ。AKM盤は、オーディエンスノイズか演奏者の発するノイズか判然としないノイズは聞こえるが、完全なライヴ録音ではないような印象もある。今回取りあげるブラームス:交響曲第3番は完全なライヴ録音である。
 分かり易いのは、クナ独特のブラームス:交響曲第3番であるのは変わりなく、他の指揮者の表現とは大きくかけ離れているため、演奏者の真偽を問わなくてもいいところか(^^;。
 同じプロジェクトから「ロンディーノ・ジョコーソ」の他に、ハイドン:交響曲第88番もCD化されている(King Seven Seas/K30Y 270)。CDジャケットには1957年となっているが、1958年の録音だろう。
 Golden Melodram盤もRare Moth盤も満足な音ではないが、貴重なクナの演奏録音が聞けると言うことで我慢しよう。今回はGolden Melodram盤をリファレンスにすることにした。

第1楽章
 拍手が聞こえ、ガタガタとクナが指揮台に登ったか、あるいは椅子に座った音が聞こえ、拍手が鳴りやむか鳴りやまないかの内に演奏が始まる。冒頭2小節のテンポやダイナミックさはいつものクナだが、その音色はCDの音質のせいもあるのか、かなり明るい。
 金管楽器の音色は明るいが、3小節からの第1主題はやはり物々しい。ヴィオラとチェロによる刻むような音型がはっきりと聞こえる。14小節まで、実に膨らみのある音楽が聞ける。15小節からは更にゆったりと、豊かな雰囲気に変化してゆく。
 今までのクナよりも、更にテンポがゆったりとなっているが、31小節で更にテンポは落ち、夢幻的な雰囲気が醸し出される。33小節から35小節はまるで止まってしまうかのようなテンポにまで引き伸ばされる。それで音楽は崩れるいうことはなく、大きな憧れを感じさせながら、第2主題に入ってゆく。
 第2主題のもふくよかで豊かな音楽が聞ける。CDの音があまり良くないため、音質だけだったら痩せた音だが、音楽はどこまでも膨らんでゆくように、またクナの優しさが際立つような演奏になっている。
 繰り返しは省略され、展開部に入る。76小節からの民謡風のメロディも、クナの表現は優しい。81小節からや87小節からはことさらにギクシャクして聞こえるが、なかなか味わいがある(^^;。
100小節のリタルダンドも強烈だか、101小節からの音楽はクナならではの意味深い音楽になっている。その意味深さは114小節の下降する音型で、さらに深い淵を覗くような深みに達する。
 音楽は第1主題を変形して盛り上がり、また沈静化するが、136小節の第1ヴァイオリンの切なくなるような歌わせ方はクナならではの優しさが息づいている。何という歌わせ方なのだろう!145小節でさらにテンポが落ち、極めてゆったりと第1ヴァイオリンの上昇する音型が奏でられる。148小節まで、引き伸ばされた憧憬のような音楽が聞ける。
 149小節の第2主題の反復以降も、音楽はゆっくりと進行する。クナのダイナミックスの取り方は相変わらず凄みがあり、ティンパニーの強打もかなりのものなので、このゆったりとしたテンポでも弛緩することなく、音楽はメリハリを持って流れてゆく。時折見せる各フレーズの表情が実にチャーミングで、クナの優しさと愛情に溢れた演奏を聞くことができる。
 その優しさと愛憎がいっぱいに聞けるのは201小節からだ。211小節までも優しいが、222小節からのオーボエとバスーン、そして第1楽章終結部まで、魅力的な音楽に浸ることができる。

第2楽章
 第2楽章もゆったりと始まる。木管楽器の質朴とした響きがゆったりとした流れの中で、実にシミジミとした情感を湛えている。11小節目で、その木管楽器が堪らなく魅力的なフレージングをするが、クナの指示なのかオーケストラの自発的な演奏なのか分からない。14小節でのオーボエのリタルダンドも美しい。
 23小節から形を取り始める音楽も、ゆったりと愛情がこもっている。そして27小節後半からの第1ヴァイオリンの奏法やフレージングでの高まりは、実にチャーミングである。33小節からの低弦域の膨らみのあるうねり方も特徴的だ。40小節後半からのクラリネットとバスーンによる沈み込んだ響きはクナならではだ。45小節後半からのオーボエのフレージングも、どうやったらこういうテンポになるのか分からないくらいに魅力的だ。50小節からの木管の流れと弦楽器による静かな歌い出しなど、書きだしたらキリがないほど、特徴的で魅力的な音楽が詰まっている。CDの音は悪いが・・・(^^;。
 62小節からの第1ヴァイオリンと低弦域の綺麗なこと!実に美しい演奏である。84小節辺りのゆったりとリタルダンドして行く、夢のような効果は聞き飛ばしてしまいそうだが、実に魅力的だ。
 その後も実に暖かみのある演奏になっている。108小節から終結部に至る魅力はもの凄い。クナの歌心というか、その音楽をつかんでいる力というのは、常任では考えつかないような深みのある音楽を聞かせてくれる。CDの音は悪いが、クナの深化を感じ取れる第2楽章である。

第3楽章
 冒頭から、ゆったりとシミジミと歌われる。クナは、この楽章をこれまで少し早めに演奏してきたのだが、この1958年盤では素晴らしくロマンティックでセンチメンタルな音楽になっている。充たされない思いの丈のような感情が支配している。それでいて卑近になることはなく、いつまででもその感傷的な気分に浸っていたいような気にさせられる。オーケストラの表情もチャーミングで、音楽に暖かな血が通っているかのような演奏だといえる。その痛みの伴った甘美な音楽は実に魅力的だ。
 24小節から26小節まで、第1ヴァイオリンがアクセントをゆったりとつけるが、もう美しさで目が眩みそうだ。27小節から、だれがこのようなゆったりとしたテンポ変化を取れるだろうか。ウィーン・フィルのポルタメントも相当に魅力的だ。38小節からの凄み!
 64小節からのゆったりと遅い音楽も、他の指揮者がやったら相当変に聞こえるであろう音楽が、ちっとも変に聞こえない。クナの魔術か。69小節後半からの、気持ちの哀しい高まりにもそのことが言える。何と魅力的で哀しい音楽なのだろう。91小節からの、求めて得られない哀しさの高まりを、何と表現しよう?
 第1主題の回帰でホルンが少しよろけるが、冒頭の音以外は安定していて、寂寥感を湛えている。オーボエにメロディが移ってからも、その寂寥感が増すようで、実に素晴らしい。ブラームス:交響曲第3番第3楽章を、これだけゆったりと、しかも濃厚にその感情を描き出した演奏は他には聞けない。終結部の素晴らしさ。酔うような、素晴らしい演奏だった。

第4楽章
 第4楽章冒頭も、少しゆったりとした雰囲気で始められる。切迫した場面への前哨のような音楽がゆったりと続き、30小節でクナの足音一発、かなりの重さで爆発する。その後も、音楽を追い込むと言うより、ゆったりと地に足をつけたように音楽は進行する。52小節のホルンとチェロの豊かな音!
 音楽は避けられない悲劇に突入してゆくかのように、徐々に壮絶さを増して行く。これまで、クナのブラームス:交響曲第3番を散々聞いてきた耳には、クナのやっていることがよく分かるのだが、それでもこの1958年盤からクナがえぐり出して行く劇的な表現は、まさに音楽が暗い感情でもって、今次々と生まれ、紡ぎ出されて行くような恐ろしさを感じる。これで、現代のハイファイ録音だったら、どのような音楽の爆発が聞けるのだろう?
 音楽は煽り立て、追い込まなくとも自然にその巨大で崇高な姿を現し始めていると言っても過言ではない。クナのもたらす重く落差のある爆発は、その都度音楽をより高みに導いて行くかのようである。スコアにはない226、227小節のティンパニーも実に効果的だ。
 260小節から音楽はゆったりと沈み込み、弦楽器が夢幻的な短い上昇音型を奏で始める。音楽は昇華して行くように、鳴っている音楽は重いのに、軽さを獲得しながらゆったりと舞い上がり、そしてまたゆったりと空間の途中まで降りてくるようにして、第4楽章は終結する。

 音は悪いが、素晴らしい内容を持つ演奏録音だった。クナのブラームス:交響曲第3番はどれもクナでしか成し得ないような演奏ばかりだが、1958年盤は驚くべき深みの到達したクナの凄みと優しさを体感できる。これもまた是非盤なのだが、もう少し音のマシなCDがリリースされないものか。そのCDの音に歯痒さを感じる。
 次回、1962年5月14日の、ケルン放送交響楽団との演奏録音を取りあげる。