クナを聞く 第152回
ヨハネス・ブラームス3−2 交響曲第4番
1952/12/12 Bremer Philharmonisches Staatsorchester
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Disques Refrain/DR910006-2(Canada?Japan?)
Living Stage/LS 1012(Italy)2CDs
Tahra/TAH 216(France)
ブレーメン・フィルに関してはあまり情報がなく、むしろ室内フィル(カンマー・フィル)の方が名前をよく聞く。ブレーメンというと、グリム童話「ブレーメンの音楽隊」がすぐに頭に浮かんでしまうが、音楽的な事情には小生疎いので、音楽の都として歴史があるのかどうか、よく分からない。
1951年5月9日の「エロイカ」はTAHRA/TAH 217、ENTERPRISE ORIGINALS/SH 833で聞くことができ、今回のブラームス:交響曲第4番と同じ日のベートーヴェン:交響曲第2番は、KING SEVEN SEAS/KICC-2159、CHACONNE/CHCD-1007、TAHRA/TAH 216、GOLDEN MELODRAM/GM 40040でも聞くことができる。
残念ながら、クナには8種類も残っているブラームス:交響曲第3番なのに、ブレーメン・フィルとの1951年5月9日の録音はまだ聞けないことか(^^;。
- Archipel/ARPCD 0123(Germany)
Archipel特有の高域の強調はあるが、帯域も全体的に広く、余裕を感じさせる録音。かなり音はよい。 - Disques Refrain/DR910006-2(Canada?Japan?)
CD化に際しての音圧レヴェルが少し低く、ゆったりとしたよい音だが全体的にはカマボコ型のナローレンジ。 - Living Stage/LS 1012(Italy)2CDs
かなりクッキリした音で聞けるが、Archipel盤よりもさらに高域を強調したようで、変なクセが出てしまっている。少し人工的な音。 - Tahra/TAH 216(France)
ノイズリダクションがしっかりと効いているが、古い録音を聞いているというリアリティがある(^^;。なかなか素直な音で好感が持てる。
困った。Archipel盤とTahra盤でリファレンスが決まらない。それでもまあ、今回はArchipel盤をリファレンスにしてみることにした。
第1楽章
親密な嘆き節にもしてしまえる第1楽章だが、クナの演奏はかなり男性的な演奏になっている。もう少し、低弦域にニュアンスが欲しいとも思えてしまうが、それではクナの個性ではなくなってしまう。
クナは9小節からの下降音型の頭に付いているクレッシェンドとデ・クレッシェンドを律儀に守る。そのため、音楽の流れは多少ぎこちないものになってしまっているが、クナはお構いなしに、スコアの記譜を守る。さまざまな指揮者による演奏を聞いてみると、クナほどこの不可思議な指示に従った演奏はあまり聞くことができない。面白いのは、32小節からも別のフレーズで同じ指示があるのに、それは守られていないことである。
最初こそテンポは遅く始まるが、段々と速度は速くなり、42小節辺りからの盛り上がりはけっこう早い。フルトヴェングラーにしてもクレンペラーにしても、ブラームス:交響曲第4番第1楽章では、かなりアッチェランドをかけるのが普通なので、クナの元気な頃の1952年当時も、自在な演奏と言うより、演奏方法やスコアの記譜に従った演奏をしていたのだと想像できる。それでも、フルトヴェングラー、クレンペラー、クナはそれぞれに個性は異なるが。
57小節の最後の音から、ホルンとチェロが朗々と歌うようなメロディを、クナはどこか訥々と歌わせる。第1ヴァイオリンがそのメロディを引き継いで演奏してゆくが、クナの演奏のさせ方は地味だが納得のできるものだ。77小節辺りでのホルンは多少非力だが、全体を通してはあまりホルンの非力さに拘泥せずに聞き進められる。80小節からのリズムは、もう少し後年のクナの味のようなものが欲しい箇所だ。クナは何事もないかのように、弦楽器のピツィカートを通り過ぎさせてしまう。その代わり、90小節からの第1ヴァイオリンの豊かなメロディを、クナはしっかりとチャーミングに歌わせる。
95小節から、木管楽器とホルンの掛け合いのような静かな見せ場があるのだが、やはりホルンが多少非力で、その響きが多少浮いてしまっている。そのぎこちなさが、110小節に、何とも言えない田舎風の味のようなものを出しているが(^^;。
129小節からティンパニーがフォルテシモで叩かれることになっているが、1952年盤ではティンパニーからマイクが遠かったのか、それほどの決め打ちは聞こえない。少し残念。
156小節からは極めつけに美しい。木管楽器の質朴な響きと、第1第2ヴァイオリンのからみつき方はゆったりと、はかなげだ。少しの盛り上がりの後、201小節からも美しい響きが聞ける。クナの指揮は相変わらず落差が大きいが、この辺りの美しさはさすがである。そして、206小節のフォルテシモから、音楽は意志を持つように、力強く奏でられる。第1楽章は、落差の大きな箇所が頻発するが、225小節から、再び木管楽器の(多少分厚くなっているが)優しいフレーズが美しい。228小節からの、小さな波が生起するような弦楽器にも同じことが言える。
249小節から、弦楽器が大きめの波のようなフレーズをこだまのように2回繰り返し、258小節から第1楽章の最初の気分に戻るが、その直前の休止符のフェルマータの長さはなるほどクナの演奏だと納得できる。
263小節から、9小節からと同じように各小節の頭にクレッシェンドとデ・クレッシェンドが付き、クナは律儀にその強弱記号を強調する。289小節辺りを境にしてアッチェランドがかかり、音楽は白熱する。57小節のホルンとチェロのメロディが繰り返され、音楽は最後に向かって進行を始める。クナは各フレーズをしっかりと膨らむように演奏させ、浮沈を繰り返しながら、フィナーレに向けての律動するような浮沈を描いてゆく。フルトヴェングラーほどにはアッチェランドをかけているわけではないので、進行はどこかギクシャクしながらも、しっかりと盛り上がってゆく。ところどころホルンが頼りないのは仕方のないところか。
最後は、幾分男性的な響きで、ゆったりとしながら終結する。
第2楽章
恐らく、クナの演奏では最も優れた情感が期待できる第2楽章だが、冒頭からその期待は裏切られない。この時期のクナの表現は幾分リアリティを重視する方向にあるが、必要以上に深刻にならず、孤独な感興をもたらす第2楽章を奏でてゆく。
クナの音楽が感動的に響き始めるのは、やはり30小節からだ。ただ、もう少しインテンポでゆったりやるのかと思ったら、クナもまた他の指揮者と同じようにアッチェランドをかける。ただ、41小節からはゆったりと極めつけのように美しい。そこからは、もうクナマジックとしか言いようのないほど、美しい第2楽章が聞ける。クレンペラーのバイエルン放送交響楽団とのライヴは、もの凄く孤独な響きだったが、クナは孤独な響きと言うより、美しさを慈しむように紡ぎ出してゆく。
72小節からは幾分男性的な響きを強調し、それでも第2楽章の美しさをえぐり出して行く。分厚い弦楽合奏の88小節からはもう酔うしかないような素晴らしい音楽が聞ける。クナを聞く醍醐味を味わえる。ティンパニーが活躍する98小節からもその歩みはゆったりとしており、感動を誘う。更に感動的なのは、その歩みの後の静謐な音楽だ。クナもオーケストラも、ようやくその音楽に目覚めたかのような魅力的な響きを奏で出す。ブラームスの悲哀と魅力がいっぱいに詰まった第2楽章だ。110小節からの魅力的なこと!ホルンが活躍する終幕のゆったりした夕映えのような美しさは、例えホルンが少し下手であっても、例えようがないほど素晴らしい。
第3楽章
ゆったりと巨大な塊のようなスケルツォだが、クナの凄いところはその巨大な響きの中からでも、20小節からのような、美しいフレーズをしっかりと表現し得てしまうところか。
クナの表現はかなり大きめだ。その中に優しさを忍び込ませてゆく。52小節からの優しさはかなりのものだ。76小節からのピアニシモが、実に優しく、慈しむように響く。
89小節からのフォルテシモから、迫力のある音楽が聞ける。158小節からディミュニエントして行き、177小節からが、通常で言えばスケルツォでのトリオだが、極めて短く、スケルツォとの相関性もあり、別の音楽にはなっていない。199小節のフォルテでクナの足音一発が入り、オーケストラの音が引き締まる。
音楽はさまざまな山を築きながら、第3楽章の終幕に向けて助走を始め、英雄的でドラマティックな音楽を奏でて行く。
第4楽章
聴き応えのする第4楽章である。33小節からの第4変奏のメロディを、クナは流麗には演奏させない。どこかギクシャクと演奏させ、独特の味を獲得している。
その味のようなものが、第4楽章全体を貫いている。むろん、クナは優しさの宝石のようなフレーズや、寂寥感に溢れる97小節からのフルートのメロディもしっかりと寂しげに演奏させる。その寂寥感はなかなかのもので、120小節からの弦楽器の伴奏音型に現れるゼクエンツも効果的だ。
132小節から、力強いメロディが現れ、やがて渦を巻くようなクライマックスが訪れる。ただ、そのクライマックスは静かな音楽で中断される。音楽はクライマックスのボリュームを増すように、悲劇味を感じさせながら169小節からの音楽を形作る。音楽は緊張感を孕みながら浮沈を繰り返し、281小節からのフィナーレはスケールが大きく演奏される。
いかにも1952年頃のクナらしい演奏録音だった。音楽は自在さは持ってはいないが、地に着いたリアリティのある演奏である。特に第2楽章は、クナの得意技が随所で聞ける。
次回、1953年ケルン放送交響楽団とのライヴ録音を取りあげる。



