クナを聞く 第155回
ヨハネス・ブラームス5 悲劇的序曲


 クナのHans Knappertsbusch Concert Registerに残っている「悲劇的序曲」のコンサートでの記録は以下の通り。間に1957年5月のDECCAスタジオ録音が入る。
 意外なことに、「悲劇的序曲」が取りあげられるのは1952年になってからだ。パリで頻繁に「悲劇的序曲」を取りあげているのが面白い。むろん、第2次大戦中やその前の演奏記録には不明な点も多く、振っていた可能性はある。そのコンサートの記録の中で、録音が残っているものは だけである。
 各録音のタイミング。
1955年盤13'03"
1957年盤DECCA Recording12'23"
1963年盤14'48"

1955/7/26 Wiener Philharmoniker

ARPCD 0222
C 329 931 B
Archipel/ARPCD 0222(E.U.)
Orfeo D'or/C 329 931 B(Germany)
 同録音のCDはもっとあるのでは?と思ったが2枚しかなかった。それぞれの音の比較。
 ここは順当にOrfeo D'or盤をリファレンスにして聞くことにした。

 1955年ザルツブルク音楽祭の録音である。ライヴで気合いの入ったウィーン・フィルの響きが聞ける。冒頭、管弦楽とティンパニーがずれる。クナのいきなりのアインザッツが想像できる。元々、勢い込んだ音楽だが、前半部はかなりの迫力で音楽が進行してゆく。トロンボーンが突出気味で、そのことがかえって音楽の迫力に勢いをつける。
 緩やかな箇所での木管楽器やホルンのローカルな味わい、弦楽合奏による分厚く豊かなメロディの部分も、しっかりとした情感を持っている。
 アンサンブルは万全ではない箇所もあるが、クナはひとつひとつのエピソードを、実にしっかりと丹念に描いてゆく。音楽の流れは極めて自然である。中間部に入ってからの木管楽器の味わいや弦楽器のうつろいは美しい。音が比較的デッドな響きなので、潤いには乏しいが、一期一会のコンサートを聞いているという雰囲気は濃厚だ。静かな部分でのオーディエンス・ノイズは少し喧しいが。
 音楽は更に沈み込み、闇の中を蠢くようになる。クナの演出は聞いていて気が付かないほど自然に音楽の熱を落としてゆく。リストの「レ・プレリュード」に似た動きを示しながら、音楽はゆったりと悲劇的に上昇を始める。金管楽器のファンファーレは鳴り切っていないように聞こえるが、ゆったりと熱を回復してゆくような音楽は見事である。
 終結部は一旦寂しげになるが、華々しく終結する。
 フルトヴェングラーならさぞかしと思ったら、録音は残っていないようだった(^^;。

1957/5 Wiener Philharmoniker(DECCA Recording)

ARLA98-A102
GM 4.0039
KICC-2102
LS 1011
POCL-9764
UCCD-7024
470 254-2
Arlecchino/A98-A102(Italy)5CDs
Golden Melodram/GM4.0039(Italy)4CDs
King Record/KICC-2102(Japan)
Living Stage/LS 1011(Italy)
Polygram/POCL-9764(Japan)
Universal/UCCD-7024(Japan)
Universal/470 254-2(Germany)
 上記の他にCD初期の頃、DECCA/2894-30879-2MG、LONDON/K30Y1031が出ていると、吉田光司著「Hans Knappertsbusch Discography」(キング・インターナショナル刊)には載っているが、小生は未入手。
 それぞれの音の比較。なお、元はステレオでの収録である。
 King Record//KICC-2102とUniversal/470 254-2が双璧のようにいい音で、「悲劇的序曲」が鳴った。どちらがリファレンスでも構わない。少し、King Record盤の方が繊細さが出ている。小生はKing Record盤をリファレンスにすることにした。そうなると、KICC-2102以前に出ていたCDが気になるな(^^;。

 スタジオ録音ながら、クナ、ウィーン・フィルとも気合い充分の迫力のある演奏が楽しめる。「悲劇的序曲」はコンサートの序曲として作曲されたのだそうで、その後に続く劇本体はない。「悲劇的序曲」単体で音楽を楽しめばよい。「大学祝典序曲」と対のように作曲されたそうだが、楽しげな「大学祝典序曲」と「悲劇的序曲」、どちらかでコンサートの幕を開けさせようとは、ブラームスも野心家だったか(^^;。
 クナのDECCA盤は、恐らく同曲の夥しい録音の中で、フェヴァリッツになりうる録音である。各エピソードのすくい上げ方が丁寧で、音楽が自然に繋がってゆく。割と長い序曲だが、間然とするところがなく途中でダレない。ダレそうになる時の管弦楽へのアクセントの付け方や情感の表出など、実に見事な演奏が聞ける。さらに、クナの木管楽器の扱いの独特さや、ヴァイオリン群やヴィオラのメロディの演奏のさせ方が素晴らしく、「悲劇的序曲」だけでも、非常に大きな体験を可能にしてくれる。ウィーン・フィルのホルンの音もローカルな味わいで素晴らしい。さらに、低弦域の渦を巻き、生きているようなフレージングもこの演奏録音に大きな価値を付加している。

1963/11/15 Rundfunk-Sinfonieorchester,Stuttgart

DR910006-2
KICC-2375
LS 1014
CD-1105
Disques Refrain/DR910006-2(Pirate)
King Seven Seas/KICC-2357(Japan)
Living Stage/LS 1014(Italy)
Music & Arts/CD-1105(USA)
 1963年11月15日、シュトゥットガルト放送交響団とのコンサートはオール・ブラームス・プログラムで、「悲劇的序曲」の他は「ハイドンの主題による変奏曲」交響曲第3番だった。すべて録音が残され、CD化されている。
 4種類ある同録音のCDの比較。
 1963年11月15日、「悲劇的序曲」のまともなテープはまだ見つかっていないようだ。Living Stage盤とMisic & Arts盤が最もまともな音なのだが、Living Stage盤の音の定位が変であることと、Music & Arts盤のナローレンジさはなかなか辛い。水が流れるようなノイズも気になってしまう。
 現時点では、リファレンスにできるものはない。無理矢理、Disques Refrain盤をリファレンスに聞くことにした。

 冒頭からテンポがそれまでの演奏に比べてゆったりとしており、大音楽が展開されている予感に溢れている。事実、これだけスケールが巨大で、細部まで目の行き届いた「悲劇的序曲」は初めて聞いた。クナの1950年代の2種類の録音も立派だったが、1963年の「悲劇的序曲」ははるかにそれらの演奏を上回る。ということは、他の指揮者による演奏録音を遙かに引き離した超絶的な演奏であると言うことである。
 テンポはゆったりとしているが、「遅い」という感覚はない。極めて自然に「悲劇的序曲」のドラマが展開してゆく。その上に音楽の余裕があり、豊かな深い呼吸感が音楽を支配している。
 何気ない弦楽器のメロディに、木管楽器の音に、休止符に豊かでゆったりと生命が吹き込まれている。クナは細部を磨き上げることや、縦の線を必要以上に揃えることをしなかったが、この見事に繋がった音楽は大きな感動を呼び起こす。音楽の襞の中に入って行けるのだ。「悲劇的序曲」が大音楽としての偉容を持って聞くことができる。後半部の絶妙ともいえる寂寥感を伴うテンポ設定と弦楽器の歌い方、そして、終結部に向かう音楽の感動的なことは、ひとつの叙事詩的ドラマを見ているようでもある。クナの真面目な顔が見える録音である。
 これで音が良ければ、「悲劇的序曲」のベストチョイス盤が決まるようなものなのだが…。いかんせん、CDの音はどれも満足できない。