クナを聞く 第160回
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」組曲

 クナのチャイコフスキーは珍しい。レパートリーは、「くるみ割り人形」組曲、交響曲第5番、交響曲第6番「悲愴」がほとんどだが、けっこうコンサートでは振っていたりする。Hans Knappeetsbusch Concert Registerの記録を見ると、チャイコフスキーを振った記録は曲目毎には以下のようになる。
 なお、第2次大戦終結時の1945年の記録は、残念ながらいまのところ曲名は分かっていない。
 案外な多さである。クナのレパートリーの中に、限られているとは言えチャイコフスキーの楽曲がしっかりと根付いていたのが分かる。
 上記のコンサートの記録の内、録音が聞けるのは1950年2月2日、ベルリン・フィルとの「くるみ割り人形」組曲だけである。交響曲第5番や第6番「悲愴」もこれだけ振っているのだから、その記録が残っていても良さそうなものだが、いまだに聞くことはできない。
 是非、どこかのレーベルが録音を発掘することを期待したい。

1950/2/2 Berliner Philharmoniker

ARPCD 0120
SEDR-2019
TAH 214/215
Archipel/ARPCD 0120(Germany)
Serenade/SEDR-2109(Japan)
Tahra/TAH 214/215(France)2CDs
 1950年2月2日の記録。当日は少し軽めの楽曲のコンサートで演奏曲目は、ハイドン:交響曲第94番「驚愕」、チャイコフスキー:「くるみ割り人形」組曲、ヨハン・シュトラウス:「こうもり」序曲、ピツィカート・ポルカ、コムツァーク:「バーデン娘」、ニコライ:「ウィンザーの陽気な女房たち」序曲だった。2月2日の記録は、Tahra/214/215、Archipel/ARPCD 0120でその全てを聞くことができる。
 それぞれの音の比較。

 小生には、Tahra盤にコンプレッサーをかけたようなArchipel盤が良かった。Serenade盤もむろんいいのだが、少し強奏での音の暴れに辛くなる。

 オーディエンスノイズが喧しいが、1曲目から大人の意識とファンタジーに溢れた演奏である。高度に確立された「くるみ割り人形」を聞くことができる。チャイコフスキーのユーモアと愉しさ、そして憂愁が見事に音化されてゆく。「おとぎ話のバレエ音楽なんだから、こんなものだろう」という発想が全くない演奏。音は渦を巻き、限界まで拡大されるような清々しさがある。
 さらに、ベルリン・フィルの個性とも言えるきつめのアウフタクトと、クナの楽曲にかける愛情がしっかりと伝わってくる。クナはどういう訳か「くるみ割り人形」が好きだったようである。でないと、ここまで思い切った表現はしないだろう。
 2曲目の「行進曲」のゆったりとして、それでいて迫力のあるおもちゃ箱から人形たちが群がり出てくるような音楽は実に楽しい。低域から高域まで吹き上げてゆく弦楽器も凄みがある。巨大なスケールに昇華した行進曲だ。
 「こんぺい糖の踊り」では、明るい幻想の中にも力があり、「トレパーク」も大迫力で愉しい。「アラビアの踊り」での弦楽器の切なさは、いろいろ聞いた「くるみ割り人形」の演奏では、クナのものがスタジオ録音を含めて最もその情感が豊かだ。クナ独特の弦楽器のバランスが音楽を生きたものにしている。チェロの響きの豊かなこと!終盤のコントラバスの深い響きも凄い。
 「中国の踊り」のブチャブチャというリズムは無骨で、クナの演奏は最もその音楽の性質をストレートに伝えている。「あし笛の踊り」でのゆったりとしたテンポの中で思いっきりよく奏される木管楽器や弦楽器のアーティキュレーションは見事と言うほかない。豊かな情感と美しすぎるほどのメロディを堪能できる。
 「花のワルツ」は冒頭から既にクナマジックで、素晴らしいスケールでの豊かでチャーミングな音楽になっている。そのゆったりと重く、優しい幻想には聞き惚れてしまう。クナの足音一発、華やかなワルツは重く炸裂するかのようだ。さらに、木管楽器によるゆったりとした音楽から、哀しげでノスタルジックなメロディは、クナでしか聞きえない素晴らしい情感の音楽が聞ける。リズムは武骨のようでいて、実はそのリズムにメロディと和声をしっかりと響かせるための秘策だ。それでないと、このスケールの大きさと音楽に飲み込まれてゆくような情感は出ない。
 素晴らしいライヴ録音だった。

1957 Wiener Philharmoniker(Decca Recording)

440 624-2
KICC-2104
POCL-9764
NR-2055 pro
Decca/440 624-2(Germany)
King Record/KICC-2104(Japan)
Polygram/POCL-9764(Japan)
Mythos/NR-2055 pro(USA)
 上記4枚の他に、King RecordからK30Y1033が出ているが、小生は未入手。ステレオ録音である。
 Decca盤、King Record盤、Polygram盤どれをリファレンスにしてもいい印象。小生は、King Record盤をリファレンスにして聞くことにした。
 1950年盤と比較すると、クナは少し早めにテンポを取っているようである。クナの弦楽器の歌わせ方は、このスタジオ録音でも健在で、「序曲」からとろけるような情感を聞くことができる。弦楽器の刻み方をレガートにしないでしっかりと弾かせ、メロディを浮き上がらせるような弦楽器のバランスと、曇りのないアーティキュレーションは透明感を感じさせてくれる。
 「行進曲」も素敵である。クナのテンポは遅くはないのだが、その重めのリズムと呼吸感がゆったりとした感興をもたらしている。木管楽器に響きが何とも言えず、素敵である。「こんぺい糖の踊り」では、暗いのに軽くてキラキラとした情感がしっとりと描かれる。「トレパーク」も落ち着いている。重く唸る低弦域が聞ける。
 「アラビアの踊り」は1950年盤に比べるとかなりテンポが速く、1950年盤がしっかりとクナらしい演奏と言うなら、Deccaのスタジオ録音はスタンダードに傾いている。それでも、弦楽器のしなやかな響き、豊かなチェロ、魅力的な木管など、聞き所は多い。最後のコントラバスがあまり深くないのは残念。
 「中国の踊り」の明るい愉しさ、「あし笛の踊り」のメロディの美しさを引き出す演奏は際立って素晴らしい。特に「あし笛の踊り」の美しいフルートのメロディには、胸がキュンとなってしまう。そしてそれを支える弦楽器の素晴らしい響きは何も言えないほど素敵だ。
 「花のワルツ」は、恐らく同曲の録音では最も素晴らしいもののひとつだろう。ハープの豊かで甘い響き、ゆったりと始まるワルツ、哀しく透明感のあるクラリネット、華やかなワルツに拡大された時のゆったりと落ち着いた響き、続く木管楽器の優しい音色、哀しく盛り上がるチェロのメロディ…などなど、クナの「花のワルツ」の素晴らしさが堪能できる。
 スタジオ録音だから、クナとウィーン・フィルは幾分落ち着いた音楽を奏でるが、このしっかりと大人の音のする「くるみ割り人形」は何度も聞いているとファンタジーが豊かで、落ち着いた魅力の虜になってしまう。「牛刀をもって鶏頭を割く」というこの演奏の評を読んだことがあるが、確かにその通りだという思う反面、クナほど愛情を持ってひとつひとつのフレーズを演奏しきった演奏も希ではないかと思う。
 1950年盤と、1957年Decca録音のタイミングの比較。

1950年盤1957年Decca盤
序曲3'29"3'18"
行進曲2'29"2'38"
こんぺい糖の踊り1'40"1'40"
トレパーク1'06"1'11"
アラビアの踊り3'39"2'42"
中国の踊り1'04"1'04"
あし笛の踊り2'37"2'27"
花のワルツ7'51"7'09"
 世評高いアンセルメ、フィストゥラーリ、カラヤン、プレヴィン(全曲盤)を聞いてみたが、クナのファンタジーに達しているものはなかった…というか、クナの2種類の演奏は独特で、他のさまざまな指揮者による演奏録音とは比較の対象にならないのだ。それぞれに優れた演奏録音だが、クナの凄みに敵うものではない(^^)。比較しようとする方が馬鹿だった。