クナを聞く 第170回
リャルト・シュトラウス編 その2−4 「死と変容」
1959/11/28 Dresden Staatskapelle
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Tahra/TAH 303-304(France)2CDs
PILZ/78 003が抜けている。
クナはそのドレスデンでのコンサートの前、11月22日まで当時の東ドイツ領東ベルリンで「ニーベルングの指環」を指揮していた(ベルリン・ドイツ国立歌劇場)。19日はワーグナー管弦楽曲集のコンサートだったが、11月14日「ラインの黄金」、15日「ワルキューレ」、18日「ジークフリート」、22日「神々の黄昏」と一日ずつ「ニーベルングの指環」チクルスを振っている。東ドイツ・シリーズででもあったのか、クナは28日にドレスデンでシュターツカペレ・ドレスデンと一夜のコンサートを指揮した。
クナがドレスデンで指揮をしたという記録は、以下の通り。オーケストラはすべてシュターツカペレ・ドレスデンだった。
- 1933/12/1
- 1942/1/23
- 1942/11/6
- 1956/11/4
- 1958/11/28
Pilz/78 003は結局見つけることができず、買い忘れたものと思われる。現在手元にある2種類のCDを聞き比べた。
FonoTeam/CD 74802(Germany)
疑似ステレオ。かなり凝った疑似ステレオだが、音楽が静かな時、音場が不安定であまりいいとは言えない。強奏では疑似ステレオ特有のエコーが聞こえる。音はかなり聞きやすい。Tahra/TAH 303-304(France)2CDs
モノラル。ノイズリダクションはかなり効いているが、FonoTeam盤のようなフワフワした音場感や人工的なエコーがない分、こちらの方が好ましいか。
クナのシュターツカペレ・ドレスデンの演奏はどれも真面目だが、「死と変容」も真面目な演奏だ。真摯と言ってもいい表現を聞くことができる。ティンパニーの強打が、より音楽を悲劇的な方向に位置づける。
暗い黄泉の世界を彷徨うような序奏部から、奥深い闇を連想させる。シュターツカペレ・ドレスデンの弦楽器の音色が独特で、うねりと湿ったような情感が聞ける。木管楽器の音色が更に美しく、孤独なオーボエの音色が実に美しい。ヴァイオリン・ソロは華やかさを強調すると言うより、やはりより孤独感と哀しみに沈んだ音色で、これもまた美しい。
音楽は不気味に蠢くように徐々に盛り上がり、ティンパニーの巨大な一撃を迎える。このティンパニーの覚醒作用は凄い。ティンパニーの一撃から、巨人がゆったりと起きあがってゆくように、夢の中での覚醒の音楽が始まる。クナのテンポはゆったり堂々としており、覚醒してゆくさまが悲劇味を伴っている。闘争的な音楽が巨大な波のように聞く者に浴びせかけられる。それでも、管弦楽の強奏による快感に寄りかかったものではなく、次の静かな平穏を取り戻してゆく音楽を、より意識させる音楽になっている。
平和な場面での音楽を、クナはひじょうにゆったりと演奏させる。この平和が永遠に失われることがないように祈るような音楽だ。
音楽は明るさを帯び始め、幸福と歓びを感じさせる音楽に変化してゆく。CDに収録されている音がそれなりなため、少しくすんだような味わいで、響きとしては物足りないが、各フレーズの意味をゆったりとすくい取ってゆくクナの音楽作りは見事だ。ティンパニーの大活躍が、この演奏をよりメリハリのある迫力のあるものにしている。
意識が洪水となって流れ、最も幸福な追想に浸る音楽もどこか影を宿しており、魅力的だ。クライマックスのゆったりとした迫力は、これで収録された音の物理的条件が良かったら…と思わせるもの凄さだ。音楽はさらに余韻と救いをもって終結する。
再び、病人の意識は混濁したように沈み込み、ティンパニーの強打から再度の覚醒を予感させるが、音楽はそのまま暗く沈み、浄化へと向かう行進曲に変わる。弦楽器の音色がひじょうに美しい。浄化の音楽に至るリタルダンドを徹底して引き延ばされ、死に行く者の意識を浄化する至純な音楽が展開する。最後のクレッシェンドとフォルテシモのもの凄さ!その強大なクライマックスの後、死者の平穏が永遠であるような静かな音楽で、「死と変容」は終結する。
クナ1958年のドレスデンでの「死と変容」の音によるドラマは、かなりの高い意志で演奏されたような優れた演奏記録になっている。オーケストラの名技性や強奏での快感に寄りかかってはいない演奏なので、終わってすぐにブラヴォー!が飛ぶということはない。優れた感慨が滲みるように残る演奏である。実際、演奏が終わった後、客席は静かに沈み込み、やがて暖かな拍手が巻き起こる。
シュターツカペレ・ドレスデンとの貴重で優れた記録が残されていることに感謝したい。小生も聞き終わって、しばらくその余韻に浸ることができた。

