クナを聞く 第174回
リヒャルト・シュトラウス:「ドン・キホーテ」
1958/1/6 Münchener Philharmoniker
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Siegfied Meinecke(Bratsche)
Golden Melodram/GM 4.0041(Croatia)
King Seven Seas/KICC-2363(Japan)
リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」との付き合いはけっこう長い。まず、中学生の時に初めて聞いた「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯」、映画「2001年:宇宙の旅」で「ツァラトゥストラはかく語りき」を知り、リヒャルト・シュトラウスの管弦楽曲をあれこれ漁った時に「ドン・キホーテ」も含まれていた。初めて聞いたのは誰の演奏だったか忘れてしまったが、LP時代にはジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団盤(CBS-Sony)と、カラヤン指揮ベルリン・フィル盤(DG)を主に聞いていた。
セル盤もカラヤン盤もひじょうに優れた演奏でそれでいいと思っていたが、CD時代になってリヒャルト・シュトラウス指揮バイエルン州立管弦楽団の1941年自作自演の演奏録音を聞き(Dante)、セルやカラヤンとは楽曲に対するベクトルが少し違うような気がした。第2変奏「羊たちとの闘争」を聞いても、リヒャルト・シュトラウスはかなり即物的な表現を行っている。第5変奏「ドルネシア姫への想い」のゆったりたっぷりした響きも独特で、ふんぷんとしたロマンの香りが漂う。終曲の余韻もさすがに聞かせる。さすがにリヒャルト・シュトラウスは優れた指揮者でもあっただけに、その演奏記録は確信を持った音楽が聞ける。
クナの「ドン・キホーテ」をコンサートで振ったという記録は以下の通り。
- 1942/12/5 Wien,Wiener Philharmoniker
- 1942/12/6 Wien,Wiener Philharmoniker
- 1949/3/26 Wien,Wiener Philharmoniker
- 1949/3/27 Wien,Wiener Philharmoniker
- 1949/3/28 Wien,Wiener Philharmoniker
- 1958/1/6 München,Münchener Philharmoniker(rec)
各CDの音の比較。
- Golden Melodram/GM 4.0041(Croatia)
エアチェックテープからのCD復刻だろうか。古いテープ独特のノイズが聞こえたり、音がほんの少し途切れたりする。ハイファイではむろんないが、まったく聞けないと言う音ではない。また、強奏やティンパニーが活躍すると音が混濁する。ミュンヘン・ハンス・クナッパーツブッシュ協会のテープによる。 - King Seven Seas/KICC-2363(Japan)
Golden Melodramと出所は同じ、ミュンヘン・ハンス・クナッパーツブッシュ協会提供のテープによる。そのため、Golden MElodram盤とほとんど差はないが、King Seven Seas盤の方が少し繊細さが出ているようである。
序奏と主題を聞き、その柔らかで自然なメロディの繋がりにわが耳を疑った。今回のログを作成するために、リヒャルト・シュトラウスの自演盤を含めて、さまざまな指揮者による「ドン・キホーテ」を聞いたのだが、クナ盤は音はあまりよくないながら、そのロマンティックな情感の表出では最も優れているのだ。ゆったりとしたトランペットから始まり、弦楽器群のレガートが実に美しい。
そして、序奏部の豊かなメロディを感じ取ることができる。
さらに聞き物なのは、リヒャルト・シュトラウスが「ドン・キホーテ」に織り込んでいったリズム処理などのスペイン情緒である。クナはあまり大袈裟ではなく、それでもしっかりとスペイン情緒を聞かせてくれる。がちがちのドイツ風演奏なのかというと、その辺りをしっかりとクナは押さえているのは面白い。
また、クナとオーケストラのもたらしている透明さも聞き取れる。CDの音があまり良くないので、なんかダンゴ状態にも聞こえるが、木管楽器の聞こえ方など、これで音がよかったらさぞかしさまざまな音がその所在を主張しているような演奏だろう。そのためか、リヒャルト・シュトラウスがその意図を持って混乱を描き出した音楽が、変な表現だが実に生き生きと混乱しているように聞こえる。
また、クナのクレッシェンドやフォルテシモの表現がさすがに素晴らしく、重心の低い迫力をも獲得している。
第1変奏「風車との対決」では、どこかのどかに音楽は進行し、やがて回転する風車の羽根にドン・キホーテは立ち向かい、一撃ではね飛ばされる。チェロの哀感とその哀感がケロリと風車にはね飛ばされた事を忘れ、意気揚々と次の冒険に立ち向かってゆくところはなかなか面白い。
第2変奏「羊との闘争」の金管のフラッター奏法による羊の鳴き声や羊飼いの笛では、クナは自然に混乱した場面を描き出す。
第3変奏はドン・キホーテとサンチョ・パンサのかみ合わない騎士道談義。朗々と騎士の志を謳うチェロに対して、懐疑的なヴィオラが夢とユーモアを音化してゆく。このフリッツ・キスカルトのチェロがなかなか素晴らしい。途中まるでヴェルディのリズムのような短いフレーズが奏でられるが実に楽しい。
やがて、ドン・キホーテの高い志が金管楽器のファンファーレで奏でられ、少し調子っぱずれな音を挟み、音楽は美しく感動的に盛り上がってゆく。
第4変奏「誘拐からの救出」は、獲物を見つけたドン・キホーテの緊張感と闘争が描かれる。巡礼者たちが聖母像を担いで雨乞いをしているのを、貴婦人の誘拐と勘違いしたドン・キホーテの闘争が実に重々しく奏でられ、やがて返り討ちにあったドン・キホーテはサンチョ・パンサに哀しく介抱される。クナの演奏の前半の緊張感と重量感、後半の哀感のあるチェロなど聞き応えのある演奏である。
第5変奏「ドルネシア姫の幻」は第4変奏の哀しい情景の中を引きずりながら開始されるが、チェロがドン・キホーテの想いをたっぷりとした情感で演奏する。
第6変奏「ドルネシア姫の逃避」はユーモアがあって面白い。
第7変奏「木馬での空中騎行」では、音のつながり方が独特で、クナはかなりスペインという風土を意識させる。ウィンド・マシーンも、音楽にうまく乗っていて面白い効果を出している。クナはゆったりとあまり大袈裟になりすぎずに、それでもスケールの大きな音楽を奏でさせる。
第8変奏「水車の怒り」はかなりの迫力である。やがて、ドン・キホーテとサンチョ・パンサの乗った小舟は転覆し、弦楽器のピツィカートがしずくを垂らしながら、第9変奏へと変わってゆく。
第9変奏「ふたりの修道僧」での、2本のファゴットの響きはどこか古典的な楽曲を思わせる。らばに乗った修道僧を悪魔と思いこんだドン・キホーテの勘違いだった。
第10変奏「カルラスコとの決闘」の勇ましさと、ドン・キホーテの現実に戻ることを逆らうようなフレーズ、そしてあえなく破れて現実に引き戻され、故郷に帰るドン・キホーテの白々とした寂しさがにじみ出ている。
友人カルラスコが騎士に化け、ドン・キホーテに決闘を申し込み、現実に引き戻したのだった。終曲にいたる後半の音楽を、クナはゆったりと描き出す。緊張感からいきなり淡々とした現実に引き戻されるドン・キホーテの情景が目に浮かぶようだ。
終曲では、リヒャルト・シュトラウス自演盤の更に上を行くような、余韻を長く引っ張るような演奏をクナは行う。ティンパニーの不吉な音から、チェロによるドン・キホーテの叫びのようなフレーズがやがて夢を見るような音楽に変わり、幸福な幻想と寂しさの中で、ドン・キホーテはやがて息絶える。
現在聞けるクナ1958年の「ドン・キホーテ」はあまり音がいいとは言えないため、一般には薦めにくい。それでも、しっとりとした情感とドン・キホーテの白日夢、現実の白々しさを実によく表現し得た演奏だと言える。
リヒャルト・シュトラウスの自演盤とはまた違った魅力に富んだ演奏録音である。

