クナを聞く 第178回
リヒャルト・シュトラウス:「ばらの騎士」断片

Die Feldmarschallin,Fürstin Werdenberg...Lotte Lehmann
Der Baron Ochs auf Lerchenau...Berthold Sterneck
Octavian,genannt Quinquin...Eva Hadrabova
Herr von Faninal...Victor Madin
Sophie...seine Tochter...Elisabeth Schumann
Haushofmeister bei Faninal...Richard Tomerk
Jungfer Marianne Leitmetzerin...Aenne Michalsky
Valzacchi,ein Intrigant...William Wernnigk
Anininamseine Begleiterin...Bella Paalen
Choir und Orchester der Wiener Staatsoper
(rec.1936/4/22 L)
Koch Schwann/3-1462-2(Austria)2CDs
Track 1
音は極めて悪い。聴衆がヤンヤの喝采を送っているところに、第一幕への前奏曲が始まるテンポはめったやたらと早く、爆発するような前奏曲が聞ける。元帥夫人とオクタヴィアンの睦事の辺りからテンポはガックリと落ち、オーケストラの強力なポルタメントが聞ける。その甘美なことと言ったらない。
オクタヴィアンが"Wie du warstmwie bist(きのうのきみ!けさのきみ!)"を歌い出すが、エヴァ・ハドラボヴァのオクタヴィアンの甘いこと!歌手のソロは遠めで、オーケストラの方が近めに録られているような音だが、オーケストラの甘美な響きに乗るバドラボヴァの信じられないくらい甘い歌声にはドキドキさせられる。"Aber dennoch:Es ist etwas in ihnen(でもやっぱりそこにはなにかある)"辺りまでが収録されている。
Track 2
すでに第一幕のドタバタが終わりオックス男爵も退場、元帥夫人が迫り来る加齢に気落ちし、オクタヴィアンと別れようと決心した後、オクタヴィアンの"Wenn's so einen Tag geben muß,ich denk'ihn nicht!Solch schrecklichen Tag!(そんな日のことなんて、考えたくない!そんな嫌な日のこと!)"の途中から、元帥夫人の「ふたりの関係を軽いものにしなければならない」という想い、そしてオクタヴィアンに「もう行って、ひとりにして欲しい」と願い"und neben meinem Wagen reiten…(わたしの馬車の横を、馬に乗って、走るといいわ…)"辺りまでが収録されている。
相変わらず、クナとオーケストラの醸し出す音は甘美で、元帥夫人の「カンカン、もう行きなさい」から、その甘美な響きに寂寥感がたっぷりと加わる。元帥夫人をロッテ・レーマンが歌っているが、CDに収録された音が貧弱で、その魅力に浸ることはできない。
しかし、1936年当時、「ばらの騎士」が浮世離れしたオペラとして、実力のある歌手、オーケストラの醸し出す雰囲気が現在よりもかなり甘美な音として聞かれていたことは、実に興味深い。現代の「ばらの騎士」の演奏録音がいかにも「甘味抜きケーキ」のような味気なさを感じてしまう。
Track 3
第二幕前奏曲冒頭から、ドタバタとした響きで始まる。録音された音が貧弱なため、何がどうなっているのか分からないくらいに音はダンゴ状態でノイズが盛大だが、「ばらの騎士」第二幕の大袈裟で期待感が高まる演奏はやはり面白い。ファニナルはヴィクトール・マディンで真面目なファニナルだ。ゾフィーをエリーザベト・シューマンが歌う。このエリーザベト・シューマンの歌声をたっぷりと聞きたいところだが、ゾフィーが歌い始めてすぐ、"da du mich, o mein Schöpfer,uber mein Verdienst erhöhen(神様はわたしのようなものを祝福されて)"の途中で録音は終わってしまう。
Track 4
第二幕、オクタヴィアンの「ばらの騎士」がファニナル家の玄関を入り、大袈裟な音楽の後"Mir ist die Ehre widerfahren(光栄にも、このわたしが、大役を仰せつかり)"から、夢のような、あるいはおとぎ話のような場面がゆったりとした音楽で奏でられる。エヴァ・バドラボヴァのオクタヴィアンも素晴らしいが、エリーザベト・シューマンのゾフィーの歌声には本当にうっとりとさせられる。後年のクナの演奏で歌うヒルデ・ギューテンやエリカ・ケートにはない高貴さが漂っていて、その楚々とした気品のある雰囲気はさすがに聞かせる。
ゾフィーの"Wo war ich schon einmal und war so selig?(こんなに幸せだったことが、これまでにあったかしら?)"と、オクタヴィアンの同じセリフが被るところまでが収録されている。
Track 5
第三幕、オックス男爵をからかうイベントの後、元帥夫人が登場「あなたはだまされていたの」とオックス男爵に告げ、オックス男爵を去らせるところから収録されている。オックス男爵の"Leupold,mir geh'n!(レオポルト、帰るぞ!)"というセリフと、アンニーナの歌声、それに続く「勘定を払ってください!」とオックス男爵につきまとう宿屋の主人や給仕たち、楽士たちが派手で大仰なワルツに乗って演奏される。オックス男爵が逃げ去り、オクタヴィアンとゾフィー、元帥夫人がその場に残って、オクタヴィアンと元帥夫人の親密ぶりに戸惑うゾフィー、追いかけようとするオクタヴィアン、諦めを歌う元首夫人の歌が重なる。
クナはオックス男爵の逃げまどうワルツを、実に楽しそうに振っている。上品さをかなぐり捨て、猥雑で下品なワルツがいかにもクナらしくて楽しい。録音されている音が悪いため、ほぼダンゴ状態だが、それでも実に楽しく大袈裟である。
Track 6
第三幕、元帥夫人の諦観、オクタヴィアンとゾフィーの愛の二重唱が聞ける。元帥夫人の"Hab' mirs gelobt,Ihn lieb zu haben in der richtigen Weis(あの人を、正しい愛し方で愛そうと思っていた)"から、三重唱が続き、元帥夫人の去る"In Gottes Namen(お好きなように)"と、その少し後のオクタヴィアンとゾフィーが抱き合う辺りまでの管弦だけの箇所が収録されている。
3人の歌手も優れているが、クナの愛の音楽が匂い立つような素晴らしい情景の音楽が聞ける。クナは「ばらの騎士」というオペラを、1936年当時は徹底して劇性を生かした演奏をしていたようだ。オクタヴィアンとゾフィーの愛の歌は、宗教的とも言える法悦感の中で白熱してゆく。その音楽はオーケストラは強奏しているのに甘く切なく、極めて美しく響く。
もっと聞いていたい気にさせられる「ばらの騎士」だった。

Octavian,genannt Quinquin...Ella Flesch
Der Baron Ochs auf Lerchenau...Berthold Sterneck
Anninatenn...Bella Paalen
Sophie...Elisabeth Schumann
Choir und Orchester der Wiener Staatsoper
(rec.1936/9/14 L)
Die Feldmarschallin,Fürstin Werdenberg...Hilde Konetzni
Der Baron Ochs auf Lerchenau...Berthold Sterneck
Octavian,genannt Quinquin...Margit Bokor
Sophie...seine Tochter...Elisabeth Schumann
(rec.1937/6/13 L)
Koch Schwann/3-1467-2(Austria)2CDs
1936年9月14日の公演から2トラック、1937年6月13日の公演から3トラックが収録されている。1937年の公演はWing/WCD-15にも収録されているそうだが、小生は未入手。
Track 1
1936年9月14日の記録。第一幕への前奏曲から、オクタヴィアンの"Wie du warst!Wie du bist!(きのうのきみ!けさのきみ)"辺りまでが収録されている。
収録されている音は同年4月22日の録音よりもおとなしやかである。ギクシャクしたアンサンブルだが、オーケストラは少し大人しい。元帥夫人とオクタヴィアンの睦事では、4月22日の録音のような派手なポルタメントも少し大人しく聞こえる。むろん、キュンとなるようなポルタメントは健在だが。
ここでも、クナは前奏曲と目覚めのけだるい音楽を見事に対比させ、暖かな快楽に浸りきるような音楽を聞かせてくれる。その夢のような音楽から、オクタヴィアンを歌うエッラ・フレッシュの素敵な歌声がほんの少し聞こえてきたところで収録箇所は終わる。残念!
Track 2
1936年9月14日の記録。第三幕、だまされたと知ったオックス男爵の退場の場面から始まる。オックス男爵の"Leupold,mir geh'n!(レオポルト、帰るぞ!)"の少し前から収録され、派手で下品なワルツと「勘定を払ってください!」というさまざなな声が4月22日の録音よりも、少し落ち着いて聞かせる。金管楽器の下品な音が面白い。
ゾフィーのつぶやきから、オクタヴィアン、元帥夫人の絡み合う途中、元帥夫人が"Geb Er und mach Seinen Hof!(さあ、行ってやさしくしてあげなさい)"辺りまでが収録されている。元帥夫人のアニー・コネツニ、オクタヴィアンのエッラ・フレッシュ、ゾフィーのエリーザベト・シューマンの歌声は予想以上に素晴らしいが、あっという間に終わる。
Track 3
1937年6月13日の記録。第一幕終盤、元帥夫人が寂しく決意を持って歌う"Und Nachmittag werd' ich Ihm einen Lauffer schcken(午後になったら、あなたに使いをやって)"から、"Jetzt Er gut und folg' Er mir(さあ、いまはわたしのいうことを聞いて)"までが収録されている。
なんという切なくて甘い音楽であることか。ヒルデ・コネツニの甘く高貴な歌声が、管弦楽のゆったりとした優しくも寂しい情感の中で実に美しい。聞き惚れてしまった。
Track 4
1937年6月13日の記録。第二幕、「ばらの騎士」の到着を今か今かとゾフィーとマリアンネが期待に胸を膨らませながら待つ場面、マリアンネの"Alle Fenster sind voller Leut(どの窓も人でいっぱいよ)"から、「ばらの騎士」が到着、ゾフィーの"Herrgott im Himmel!(ああ、神様!)"辺りまでが収録されている。エリーザベト・シューマンは本当に高貴にゾフィーの美しさを描き出す。コケティッシュではないが、真面目で美しいゾフィーである。
Track 5
1937年6月13日の記録。第二幕、「ばらの騎士」オクタヴィアンが到着、賑やかな音楽からファンタジックな音楽に乗り、オクタヴィアンの"Mir ist die Ehre widerfahren(光栄にも、このわたしが大役を仰せつかり)"から、銀のバラから強いバラの香りがすることに気づいたゾフィー、ペルシャのバラ油を注いであると教えるオクタヴィアン、"Wie himmlische,nicht irdische,wie Rosen von hochheiligen Paradies(天国のバラのよう、この世のものとは思われない。清らかな天国のバラのよう)"と陶然となるまでが収録されている。
クナはゆったりとしたテンポで、夢を見るような期待と幻想的な音楽を描いてゆく。オクタヴィアンのマルギット・ボーコアの声と、ゾフィーのエリーザベト・シューマンの歌声が同質のため、少しどっちがどっちの歌声か分からなくなるが、それでも素晴らしい表情を聞かせてくれる。オクタヴィアンの「愛のしるしとして」と引き伸ばして歌う箇所は、もう天国的な美しさである。
1936年と1937年のウィーン国立歌劇場での記録は、クナがミュンヘンを追放され、ウィーンで成功を勝ち取った記録のひとつとして貴重である。特に1936年4月22日の記録は、クナを聞く 第80回で取りあげた1936年4月18日の「ジークフリート」とともに、クナがウィーンで成功した記録が聞ける。
ウィーン国立歌劇場に登場したクナの演奏会記録を見ると、4月15日「ラインの黄金」、16日「ワルキューレ」、18日「ジークフリート」、22日「ばらの騎士」、26日「神々の黄昏」という、「ばらの騎士」をサンドウィッチする形で、「ニーベルングの指環」のチクルスが演奏された。
その貴重な記録が残っているとは驚きである。

Wing/WCD-15(Japan)