

ヘルベルト・ケーゲルは東西ドイツが統一される前、東ドイツの指揮者だった。
ソヴィエト連邦を中心とした共産圏の国々の政府がドミノ倒しのように次々と倒れてゆき、ケーゲルはその時にピストルで自殺をした。
1990年11月20日のことだった。
なぜ自殺したのかは今でも謎のままだが、我々ファンは衝撃を受けた。
小生はケーゲルのファンだったのだ。
ケーゲルはセッション録音でマーラー:交響曲第1番と第4番を残しており、その客観的な演奏録音には唸ったものだ。
NHK交響楽団や東京都交響楽団にも客演していたから、日本にもファンが多かった。
そのファンのためにか、ドイツのレーベルWEILBLICKがDRA(Deutsches Rundfunkarchiv)の放送用録音を元にいろいろCD化した。
その中に、マーラー:交響曲第1番と第2番「復活」のカップリング、第3番、「大地の歌」が含まれていた。
ライヴ録音で、第1番が1978年5月9日、第2番が1975年4月15日(両曲ともライプツィヒ放送交響楽団)、第3番が1984年3月25日(ドレスデン・フィル)、「大地の歌」が1977年4月5日(ライプツィヒ放送交響楽団)とある。
その他にも、1981年2月25日(ドレスデン・フィル)の第1番、1985年6月25日の第7番(東京都交響楽団)のライヴ録音が、同じくWETBLICKからCDで出ている。
ここ数日、その第1番から第3番までを久しぶりに聞いて、腰を抜かしそうになった。
オーケストラのミスはあるが、凄いのはその演奏内容である。
ケーゲルの演奏は、弱音でのオーケストラの音の美しさ、ピアニシモからフォルテシモまでの振幅の大きさ、その、時に粘るフレージングが独特で、生真面目な面と、ここまでやるのか!と言う凄みのある面を両方持っている。
「狂気を孕ん演奏」と言う人もいるが、音楽に没入して大まじめにやったらこうなった、と小生などは感じている。
まあ、それが「狂気」ともいえるが。
ケーゲルのマーラーは、当時、西側と呼ばれたヨーロッパやアメリカの指揮者、オーケストラの演奏とは、やや異なるマーラーが聞ける。
聞きながら、もしかしたら商業主義に毒されていない、これがマーラーの初期交響曲の本来の姿なのかもしれないな、という考えが頭に浮かんだ。
ちょっと違うか。
「復活」では録音が万全とは言えないながら、その合唱の凄さにも唸ってしまった。
ケーゲルの演奏録音は、今では少し入手しにくくなっているかも知れない。
でも、聞く価値の非常に高いマーラーだと思う。