ハンス・クナッパーツブッシュの生涯

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1962/07-08 ワーグナー/「パルジファル」 バイロイト祝祭音楽祭LIVE(テキストのみ)

 1962年の「パルジファル」は、今まで4回CD化されている。そのうち、PHCP-24092/5は国内仕様盤で、海外では3回だったと思われる。 また、LPでは当初からステレオで発売されたが、フランスPhilipsはモノラル盤をリリースして...
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1957/10/15-16_5 ヨハン・シュトラウス2世/「トリッチ・トラッチ・ポルカ」ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

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1888年 ハンス・クナッパーツブッシュの生まれた年

 ハンス・クナッパーツブッシュは1888年3月12日、ドイツのルール地方、ノルトライン=ヴェストファーレン州の街エルバーフェルトで生まれた。ノルトライン=ヴェストファーレン州はドイツ中西部に位置し、政治的にはプロイセンに属した。  エルバ...
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1889年 ヒトラーの生まれた年

 クナッパーツブッシュが生まれた1888年の翌年、1889年の4月20日、オーストリアとドイツの国境近くのオーストリアの町、ブラウナウでアドルフ・ヒトラーが生まれた。ブラウナウはリンツ、ザルツブルクに近く、またミュンヘンとも近かった。ヒト...
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1890-1892年頃 クナッパーツブッシュの子供時代

 子供時代のクナッパーツブッシュは、兄と一緒にいたずらをするごく当たり前の子供だったようだ。奥波本には、保養地でネコを追いかけ回し、ガラス製の屋根を突き破ってお茶の時間を愉しんでいる人たちの所に落っこちたり、兄と筏で海に出たら帰れなくなっ...
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1893-1905年頃 クナッパーツブッシュの子供時代2

 クナッパーツブッシュが5歳か6歳の頃、学校に通い出す。フォルクスシューレ(グランドシューレ)終了後、文科ギムナジウムに入学する。ギムナジウムとは日本の義務教育に当たるフォルクスシューレ終了後に進学、試験を受けて大学入学資格を得るための学...
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1907年 クナッパーツブッシュがボン大学に入学するまでの世界

 クナッパーツブッシュが1908年にボン大学とケルン音楽院に入学するまで、世界と日本に大きな動きがあった。 日本はヨーロッパ列強やアメリカに見習うべく、重商主義を加速する。まず1894年に日清戦争が起こった。その後、1895年6月17日、...
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1908-1912年頃 ボン大学に入学。クナッパーツブッシュの学生時代

 クナッパーツブッシュはボン大学で哲学を学び、ケルン音楽院で指揮法をシュタインバッハ、ピアノを女流でクララ・シューマンの弟子ラッツァーロ・ウツィエッリ、作曲をオットー・ローゼに学んだ。 当時の音楽院や音楽教育の現場は、相変わらずベートーヴ...
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1913年 エルバーフェルト劇場の指揮者になる

 クナッパーツブッシュはケルン音楽院時代、いくつかの作曲も試みている。恐らく、作曲家教授オットー・ロ-ゼの課題か、学生発表会の時のものだろう。いくつかの歌曲とピアノ曲「タランテラ」が残っていて、「タランテラ」は日本で録音された(「大指揮者...
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1914年 初めて「パルジファル」を振る

 ワーグナー最後の楽劇となった「パルジファル」は、舞台神聖祭典劇と名付けられ、ワーグナーのオペラでは独特の位置を示した。アーリア人救世主を求めるワーグナーの思想の産物だが、そこに示された人間存在への洞察をめぐる深遠な思想は普遍性も備えてお...
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1915年 第1次世界大戦がはじまる

 1911年、バイエルン宮廷歌劇場(後のバイエルン州立歌劇)音楽監督フェリックス・モットルが亡くなり、ブルーノ・ワルターに白羽の矢が立てられた。当時、ワルターはウィーン国立歌劇場の指揮者であり、ひじょうに人気が高かった。 ワルターは187...
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1916年 第1次世界大戦2

 第1次世界大戦で記録の見えないクナッパーツブッシュだが、René Trémineのデータに、1916年5月3日の記録がある。1916/05/03 ワーグナー/「ワルキューレ」 アルンヘムのオーケストラでの指揮だった。この記録が正しければ...
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1917年 第1次世界大戦3

 ベルリンはおろか、ミュンヘンでも大きな失望感を味わったヒトラーは原隊への復帰を願い出て許可される。ミュンヘンの補充部隊では厭戦気分を漂わせた新兵が多く、古参兵になっていたヒトラーには馴染めなかった。戦場での原隊が、ヒトラーにとって我が家...
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1918年 第1次世界大戦4

 戦争が4年目に入った1918年初頭、クナッパーツブッシュは王立歌劇場総支配人フォン・ヒュルゼン(ゲオルグ・ヒュルゼン=ヘーゼラー伯爵。1903年から1918年までベルリン王立演劇、および宮廷歌劇場総支配人だった-「ブルーノ・ワルターの手...
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1919年 ライプツィヒ時代とデッサウ時代

 クナッパーツブッシュの、ライプツィヒ時代やデッサウ時代のことはほとんどわからなかったが、René Trémine's dataもお蔭で、かなり知ることができるようになった。1919/01/03 ダルベール/「低地」 新劇場, ライプツィ...
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1920年 デッサウ時代2

René Trémine detaのお蔭で、クナッパーツブッシュのデッサウ時代の記録が分かりかけている。René Trémine detaによると、記録は以下のようになる。クナッパーツブッシュは、非常に精力的にさまざまな作品と取り組んでい...
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1919年2 デッサウ時代

 デッサウ・フリードリヒ劇場で精力的に指揮活動を始めたクナッパーツブッシュだったが、デッサウ時代に面白いエピソードがある。 奥波本によるとクルト・ヴァイルとの一件である。ヴァイルは後に「三文オペラ」で大成功するが、それは1928年になって...
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1921年 デッサウ時代3 批評家裁判

 1921年に入り、クナッパーツブッシュの指揮活動はますます盛んだった。1921/01/01 R.シュトラウス/「ばらの騎士」 デッサウ 1921/01/07 R.シュトラウス/「ばらの騎士」 デッサウ 1921/01/09 ワーグナー/...
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1922年 ミュンヘンへ

 年が明け、1922年の滑り出しも順調だった。ところが、1月25日、思わぬ事件が持ち上がる。1922/01/01 ワーグナー/「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 デッサウ 1922/01/03 R.シュトラウス/「炎の災い」 デッサウ...
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1922年2 ミュンヘンでバイエルン国立歌劇場音楽監督に。

 ワルターは1922年10月3日、ミュンヘン州立歌劇音楽総監督である立場を「フィデリオ」で終わった。 クナッパーツブッシュはデッサウでの最後のコンサートを9月5日に終え、ミュンヘンに向かう。デッサウ就任時と同じ、チャイコフスキー交響曲第6...
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1923年 ミュンヘン時代2 ミュンヘン一揆

 1923年1月6日公現の日(公顕の日)、クナッパーツブッシュは摂取劇場(プリンツレゲントテアター)で、「パルジファル」を指揮する。公現の日とは、イエス・キリストが洗礼を受けた日、あるいは東方からの三賢人がキリストにプレゼントを送った日と...
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1924年 ミュンヘン時代3

 ミュンヘン一揆の年が明けた1924年、クナッパーツブッシュは公現祭で恒例となった「パルジファル」を指揮、8日にも「パルジファル」を振った。調べてみると8日は金曜日にあたり、聖金曜日という意味があったのか("Das Prinzregent...
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1925年 ミュンヘン時代4

1925/01/01 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、もしくは「愛の園のばら」 ミュンヘン(おそらく「ニュルンベルクのマイスタージンガー」だったのではないかと思われる=Syuzo)1925/01,4,6,8 ワーグナー/「パルジフ...
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1926年 ミュンヘン時代5

1926/01/01 ワーグナー/「ジークフリート」「ニーベルングの指環」チクルス ミュンヘン1926/01/03 ワーグナー/「神々の黄昏」「ニーベルングの指環」チクルス ミュンヘン1926/01/06 ワーグナー/「パルジファル」("...
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1927年 ミュンヘン時代6

1927/01/01 ワーグナー/ローエングリン ミュンヘン 1927/01/03 モーツァルト/「ドン・ジョヴァンニ」 ミュンヘン1927/01/06 ワーグナー/「パルジファル」("Das Prinzregenten-Theater ...
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1928年 ミュンヘン時代7

1928/01/01 ワーグナー/「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 ミュンヘン1928/01/06 ワーグナー/「パルジファル」 ミュンヘン("Das Prinzregenten-Theater in München" Klaus ...
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1929年 ミュンヘン時代8

 1929年のこの年、何かあったのか、珍しく「公現の日」の「パルジファル」をクナッパーツブッシュが指揮したという記録がない...と思っていたら、Trémine dataによると、年初、ソヴィエトに行き、レニングラードでコンサートを行ってい...
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1930年 ミュンヘン時代9 批評家裁判、ナチの躍進

 1930年、1月は恒例「公現の日」のクナッパーツブッシュによる公演記録がない。1929年から30年初頭にかけて、レニングラードにいたという記録もあるが、定かではない。 1930/01/02 R.シュトラウス/「サロメ」 ミュンヘン...
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1931年 ミュンヘン時代10 プフィッツナー「ヘルツ」を初演する

1931/01/01 ワーグナー/「ワルキューレ」 ミュンヘン1931/01/10 R.シュトラウス/「サロメ」 オランダ デン・ハーグ1931/01/12 ワーグナー/「タンホイザー」 ミュンヘン1931/01/16 R.シュトラウス:...
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1932年 ミュンヘン時代11 ナチ政権誕生前夜

1932/01/01 ワーグナー/「ニュルンベルクのマイスタージンガー」ミュンヘン1932/01/03 ベートーヴェン/「フィデリオ」 ミュンヘン1932/01/05 ベートーヴェン/「フィデリオ」 ミュンヘン1932/01/11 ニコラ...
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1933年 ミュンヘン時代12 ヒトラー政権奪取と「トーマス・マン抗議声明」事件

933/01/01 ワーグナー/「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 ミュンヘン(Réne Trémine data)  この公演に、ヒトラーとエヴァ・ブラウンが観劇に来ていたという、ハンフシュティングルの回想がトーランド本に紹介...
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1933年 ミュンヘン時代13 ヒトラー政権掌握の年2

 1933年のヒトラー政権誕生の年、さまざまな音楽家が怒濤のような状況に追い込まれた。 まずユダヤ人音楽家の表舞台からの追放である。4月7日の官吏法の成立は情け容赦なくユダヤ人を公職から追放していった。 ユダヤ人の有名な指揮者としてはオッ...
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1934年 ミュンヘン時代14 クナッパーツブッシュに圧力がかかりはじめる

1934/01/01 ワーグナー/「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 ミュンヘン(Réne Trémine data)  1934年、1月11日から2月5日にかけて、クナッパーツブッシュはスペイン、バルセロナに客演している(Hu...
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1935年 ミュンヘン時代15 クナッパーツブッシュ追放前夜

1935/01/01 R.シュトラウス/「ばらの騎士」 ミュンヘン(Réne Trémine data)  1935年、年明けから、クナッパーツブッシュに対する圧力がますます強くなって行く。前年、クナッパーツブッシュのハーグでの舌禍...
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1936年 クナッパーツブッシュミュンヘン追放、ウィーンへ

 1936年、クナッパーツブッシュはミュンヘンから追放され、ドイツ国内で活動の場を失う。 年が明けた早々、クナッパーツブッシュは1月10日(1月9日というデータもある)にバイエルン大管区指導者・内務大臣アドルフ・ワーグナーから、指揮活動禁...
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1937年 クレメンス・クラウス、ウィーン時代、日中戦争

【クレメンス・クラウス】 クレメンス・クラウスは1893年3月31日、ウィーンで生まれた。ウィーン国立歌劇場のバレリーナ、クレメンティーネ・クラウスが17歳で産んだ私生児である。 クレメンス・クラウスは、その未知の父親は王族や貴族ではない...
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1938年 ドイツ、オーストリア併合

 1938年のあたりから、ドイツ国内の動き、ヒトラーの動きとクナッパーツブッシュの活動は時系列を並べないと訳が分からなくなる。第2次世界大戦が終わるまで年表の延長のような形式になってしまうが、ご理解をいただければ幸いである。 193...
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1939年 第2次世界大戦の勃発

1939年、クナッパーツブッシュの活動は2月末まで見えない。2月25日と26日、ウィーン・ムジークフェライン・ザールでウィーン・フィルの定期演奏会。ベートーヴェン/ 交響曲第4番、シューベルト/イタリア風序曲、ドヴォルザーク/交響曲第9番...
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1940年 第2次世界大戦 1

 1940年1月、クナッパーツブッシュはバルメンでワーグナー/「ワルキューレ」を振ったという記録がある。ただ、細かな日程まではまだ分からない。翌々年からクナッパーツブッシュはバルメンで国家事業とも言えるドイツ・オーストリアのオーケストラ・...
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1941年 第2次世界大戦 2

 1941年、クナッパーツブッシュは53歳になった。 なお、第2次世界大戦の出来事はあくまで抄録のさらにまた抄録である。多くは、阿部良男著「ヒトラー全記録」によった。第2次世界大戦の戦線や関係している地域はあまりにも広大で、クナッパーツブ...
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1942年 第2次世界大戦 3

 1942年、クナッパーツブッシュはこの年54歳になる。 1月22日、23日、ドレスデンに客演。シュターツカペレ・ドレスデンを指揮する。ドヴォルザーク/交響的変奏曲、マルピエロ/チェロ協奏曲、シューマン/チェロ協奏曲(vc:エンリコ・マイ...
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1943年 第2次世界大戦 4

 1943年、クナッパーツブッシュ55歳。  ベルリン州立歌劇場を舞台に華々しく活躍を続けているように見えたカラヤンだが、前年の1942年から、その前途に暗雲がたれ込め始めている。 まず、1942年2月29日のオルフ/「カルミナ・ブ...
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1944年 第2次世界大戦 5

 1944年、クナッパーツブッシュは56歳になる。 東部戦線では、ドイツ軍はますます劣勢に回り始めていた。ドイツ中央軍が守備するウクライナでは1月1日撤退、1月8日にはソヴィエト軍は旧ポーランド国境に到達している。 劣勢になってしまったド...
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1945年 第2次世界大戦 6 終結

 1945年、第2次世界大戦は終わる。 なぜ、第2次世界大戦での大まかな出来事とクナッパーツブッシュの生涯を長々とリンクしてきたのか? それはクナッパーツブッシュの一生を考える上で、避けては通れない大きな事件だったからだ。 ヒトラーが政権...
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1946年 戦争が終わって。非ナチ化裁判

 ヨーロッパ中を巻き込み、ドイツの多くの都市を瓦礫に変えてしまった第2次世界大戦が終結した。 そんな中で、ドイツ・オーストリアのさまざまな都市で音楽が復活している。ソヴィエト軍に占領されたウィーンでは、ヒトラーが自殺をするほんの数日前、ま...
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1947年 クナッパーツブッシュの本格復帰

1947年 1月22日と23日 バンベルクでバンベルク交響楽団を指揮、クナッパーツブッシュは非ナチ化裁判からの復活を果たす。 1月22日 バンベルク シューベルト/「ロザムンデ」序曲、交響曲第5番、第9番「ザ・グレート」1月23日 ...
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1948年 「戦後」は続く

 1948年、ドイツ・オーストリアの戦後はまだ続いている。 クナッパーツブッシュは、1947年暮れからロンドンにいた。コンサートやオペラ公演の指揮のためではなく、DECCAへの録音のためだ。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮し、「ロ...
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1949年 戦争処理進む

1949年バンベルク交響楽団とコンサート。前年12月からのシリーズと思われる。 1月3日 フランクフルト シューマン/交響曲第4番、チャイコフスキー/交響曲第5番  1月6日 アメリカで激しい反フルトヴェングラー・キャンペーン...
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1950年 バイロイトへの出演が確定する

1950年 1月6日、「公顕の日」公演。バイエルン州立歌劇(摂政劇場)、ワーグナー/「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 1月29日、30日 ベルリン、ティタニアパラストでベルリン・フィルのコンサート。放送用録音とライヴ録音の2種類が残...
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1951年 バイロイトに初登場

1951年 1月1日 バイエルン州立歌劇(摂政劇場)、ワーグナー/「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 1月7日、8日 ベルリン、ティタニアパラストでベルリン・フィルのコンサート。ブルックナー/交響曲第8番。録音が残っているが、Audi...
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1952年 円熟の度を深める

1952年 1月1日 バイエルン州立歌劇(摂政劇場)、ワーグナー/「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 1月4日 バイエルン州立歌劇(摂政劇場)、ワーグナー/「神々の黄昏」 1月9日 バイエルン州立歌劇(摂政劇場)、ベートーヴェン/「フ...
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1953年 バイロイトと決別する

1953年 1月6日 ミュンヘン、ドイツ博物館コングレス・ザールでミュンヘン・フィルの特別演奏会(「公顕の日コンサート」)。ブルックナー/交響曲第8番 1月10日 バイエルン州立歌劇(摂政劇場)、リヒャルト・シュトラウス/「ばらの騎士」 ...
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1954年 バイロイトに復帰

1954年 1月3日 ミュンヘン、ドイツ博物館コングレス・ザールでミュンヘン・フィルの特別演奏会。ベートーヴェン/交響曲第4番、チャイコフスキー/交響曲第6番「悲愴」 1月5日 バイエルン州立歌劇(摂政劇場)、ウェーバー/「魔弾の射手」 ...
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1955年 クナッパーツブッシュとカイルベルト

1955年 1月1日 バイエルン州立歌劇(摂政劇場)、ワーグナー/「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 1月9日 ミュンヘン、ドイツ博物館コングレス・ザールでミュンヘン・フィルの特別演奏会。スメタナ/「モルダウ」、チャイコフスキー/「く...
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1956年 5年ぶりにバイロイトで「ニーベルングの指環」を振る

1956年 1月1日 バイエルン州立歌劇(摂政劇場)、ワーグナー/「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 1月9日 バイエルン州立歌劇(摂政劇場)、会員制非公開公演ワーグナー/「さまよえるオランダ人」 1月15日 ミュンヘン、ドイツ博物館...
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1957年 録音がますます増える

1957年 1月1日 バイエルン州立歌劇(摂政劇場)、ワーグナー/「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 1月6日 ミュンヘンドイツ博物館コングレス・ザールでミュンヘン・フィルの特別演奏会。プフィッツナー/管弦楽のためのスケルツォ 、ブラ...
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1958年 バイエルン州立歌劇への出演を1年間拒否する

1958年 1月1日から クナッパーツブッシュは第2次世界大戦の空爆で破壊されたミュンヘンの国民劇場(ナツィオナル・テアター)再建の遅れに抗議して、一年間バイエルン州立歌劇場での指揮を拒否する。クナッパーツブッシュは頑固であった。 1月6...
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1959年 バイエルン州立歌劇に復帰

1959年1月1日 キューバ革命。  年初早々、クナッパーツブッシュは約束通り、1年ぶりにバイエルン州立歌劇出演拒否の禁を解く。  1月4日 バイエルン州立歌劇(摂政劇場)、ワーグナー/「トリスタンとイゾルデ」 1月6日 ミュ...
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1960年 DECCAへの最後の録音

1960年 1月6日 ミュンヘン、ドイツ博物館コングレス・ザールでミュンヘン・フィルと「公顕の日コンサート」。モーツァルト/セレナード第13番「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、チャイコフスキー/「くるみ割り人形」組曲、ブラームス/交響...
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1961年 胃潰瘍の手術を受ける

1961年 1月6日 ミュンヘン、ドイツ博物館コングレス・ザールでミュンヘン・フィルと「公顕の日コンサート」。ウェーバー/「オベロン」序曲、ハイドン/チェロ協奏曲 Op.101(vc:フリッツ・キスカルト)、ブラームス/交響曲第3番 1月...
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1962年 キューバ危機 クナッパーツブッシュは高齢になっても、ますます活躍する

1962年 1月6日ミュンヘン、ドイツ博物館コングレス・ザールでミュンヘン・フィルと「公顕の日コンサート」。ワーグナー/「ジークフリート牧歌」 、モーツァルト/クラリネット協奏曲(cl:ウォルフガング・シュローダー) 、シューマン/交響曲...
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1963年 最後の輝き

1963年  1月6日 ミュンヘン、ドイツ博物館コングレス・ザールでミュンヘン・フィルと「公顕の日コンサート」。ワーグナー/「リエンチ」序曲、ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第3番(p:アンドール・フォルデス)、ブラームス/交響曲第2番...
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1964-1965年 クナッパーツブッシュ最後の日々

1964年  1月6日 ミュンヘン、ドイツ博物館コングレス・ザールでミュンヘン・フィルと「公顕の日コンサート」。ベートーヴェン/ピアノ協奏曲第5番(p:アンドール・フォルデス)、シューマン/交響曲第4番 1月15日、16日 ミュンヘ...
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